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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
37/82

#37 真相の一歩手前に、彼は何を思う


 事の顛末はというと、これがどうにも納得できない。


「……」


 ぼくは耳を疑った。疑って、口にこそ出さなかったものの、小学生のほうがもっとマシな喧嘩ができるだろうし、仲直りだって上手だ。藤村謙朗と、雲然(こう)()の拗らせ方が、ぼくの想像の遥か上、それこそ雲を突き抜けるくらい高かった。たったそれだけのこと。


「案ずるより産むが易しだったな」


 やかましいわ、とツッコミを入れる気にもならない。怒りを通り越して、ほとほと呆れてしまった。どの口が言うんだ、と。藤村くんの愚行によって甚大な被害を被った相手にドヤ顔を決め込むとは、いい神経をしている。


「でもまさか、内通者くんがクランの一員だったなんて灯台下暗しだね」


 小学生がやりがちな、「どっちがことわざを多く言えるか勝負しようぜ」でもあるまいし、低レベルなことわざの応酬は聞いているこっちが恥ずかしくなってくる。だけど、つかさは悪くない。八つ当たりするなんて論外だ。はぁ……、深呼吸をして心を落ち着かせた。


 思い返すと、サトウタイチの言動には、それを裏付けるに足るものがあった。


 隣のクラスを覗き込んでいた藤村くんと繋がったのだって、雲然くんの意図が働いていたと考えるべきだったんだ。もっと早く気がついていれば――いいや、それは無理だろう。ぼくとサトウタイチの接点が少なすぎる。


「しかし、これでやっと正式に謝罪ができる」


 藤村くんはゲーミングチェアを回転させてぼくに向き直ると、座ったまま、土下座をするように頭を下げた。


「本当に、申し訳ないことをした」



 * * *



 会館の六階に、クラウディアが率いるクラン『銀星の矢』の本拠地がある。


 プレイヤー『刹那』は、銀星の矢の本拠地の中、ゲストルームと呼ばれる部屋の白いソファーの前に立っていた。


 会館の内部構造は、巨木の素材を余す事なく使ったオブジェクトが初期設定としてあるけれど、クランの部屋に限り、課金をすれば内装を別のテーマに変更可能だ。銀星の矢も自分たちの自己満足(オリジナリティ)を満たすために、部屋の構造を近未来に変更している。


 無論、課金するからにはそれなりに『旨味』がなければ、わざわざユーザーも大金――リアルマネー換算で一万円――を(はた)かない。


 クラウディアが部屋のテーマを『近未来』に変更した理由も、そうすればより有利になるからだ。


 近未来仕様のテーマで得られる恩恵は、戦闘前にクランに立ち寄り、メディカルポットと呼ばれる装置に入ることで、一定時間だけバッドステータスを受けないようにしてくれる。


 これがまたかなりのチートで、特に、天界人が麻痺を受けると移動速度と回避特化のステータスの恩恵を受けられないどころか、飛んでいる最中に麻痺させられると落下ダメージまで受けることになる。


 グリモワでの落下ダメージ量はヒットポイントの半分を持っていかれるため、それゆえに『天界人は不遇職』と呼ばれていた。飛んでいる天界人を麻痺効果付きの矢で落とす、通称『ハエ落とし』とはよく言ったものだ。


 メディカルポットで得られる効果はバッドステータス無効化の他にも様々な恩恵があり、その中の一つだけ選べるのだが、今回は説明を省く。


 ファンタジーなキャラクターが近未来的な部屋にいるという構図は、なかなかにシュールな光景で笑いそうになったけれど、画面を見つめる刹那の中の人は、真面目な表情を崩さない。


 角が丸みを帯びるテーブルを挟んだ向こう側に、『クラウディア』という名前が頭上に表示されている天界人がいるからだ。


 腰の左右に二本の剣を帯剣し、背中に巨大な弓を背負っている。――あの弓は、グリモワがリリースした直後にあった課金ガチャの目玉武器の一つ、貫通効果(大)と追尾効果(中)が付いた最高ランク・アーティファクトの弓だ。


 非常に渋いと畏怖されたガチャだったのに、どれほど課金したのだろう。そして、それでも「課金が足りない」と言っていた藤村くんの課金額も気になるところではある。


 おそらくは、ススガクに通っている間は、にくのふじむらのメンチカツを毎日食べてもお釣りがくる額ではなかろうか。大袈裟じゃなくて、過言でもなくて、本当に『あり得る』のが恐ろしい。


 帯剣している剣のレア度はアンコモンだけど、俊敏補正と二重ダメージ効果が付いている扱い易い双剣だ。懐かしい。ぼくもその双剣を使ってたよ。もう一つあったら覚醒突破MAXになって、そこらのアーティファクト武器にも負けず劣らずな仕上がりになったんだけどなぁ。


 二人はお互いに向かい合い、しかし、チャットには何も流れていなかった。


 ボイスチャット勢なのかもと思って暫く待っていると、クラウディアの名前と、彼が打った文字が緑色でチャット欄に表示された。


『先ずはキミの入団を心より歓迎しよう、万殺の刹那』


 雲然くんはロールプレイを好むようだ。

 自身のキャラに見合った言動をしている。


 確かに、天界人の初期設定には『他の種族を見下している』と書いてある。だけど、ここまで忠実に再現しなくてもいいと思うのだが、割とグリモワプレイヤーはそういう傾向がある、兎にも角にも()()()()()()()なのだ。


『サイレントエッヂを暗躍させて正解だったようだ』


 暗躍――サトウタイチがサイレントエッヂで間違いない。

 ネーミングがもう深刻なほどに患ってますね、わかります。

 

『して、刹那。キミの(しょく)(ざい)(つぐな)えたのかな』


 贖罪とは、犠牲や代償を捧げることによって罪過を(あがな)うことだ。


雲然くん(クラウディア)は何のことを言ってるの?」 


 言葉の雰囲気から察するに、喧嘩のことではない。



 

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