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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
35/82

#35 彼らの虚無時間の茶会


 台風でも近づいてるのかな、つかさが言う。そうでもなければこんな槍みたいな雨が降るわけがないって。


 ぼくはスマホを取り出して、天気予報アプリを開いてみた。


 朝よりも酷い荒れ模様だけど、台風が小笠原諸島に接近している――みたいな情報は書いてなかった。仮にそうだったとしても、小笠原とここでは距離があるし、影響を受けるのは三日くらい先じゃないかな。


 玄関より先は大きな水溜りができていた。


 どんなに真っ平に見えても凹凸がある。それに、等しく平な地面などこの世界に存在するのかも怪しいところだ。つるつるに磨いた大理石の床でも沢山の革靴の往来で、徐々に擦り減ってしまうのだから。調べるのであれば、ちゃんと見なきゃいけない。


 ちゃんと見る、これがなかなかに難しい。


 先入観とか、思い込みとか、そういったものが邪魔をして、ちゃんと見れない場合が(ほとん)ど。もっとよく見ておけばよかったって後々後悔するんだ。


 隣で退屈げに欠伸を噛み殺しているつかさは、やっておけばよかった、とか、ああしておけばよかった、とか、(かい)(こん)の情に(さいな)まれたりしなさそうではある。だけどそれは、ぼくが勝手に作った想像の椋榎司で、実際は、誰も見ていないところで泣いていたりするのかな。


 見えないものばかりだから、ちゃんと見るって、本当に難しい。


 コバルトブルーの双眸には、何が見えているんだろう。どういう風に見えるんだろう。ざあざあと轟音を立てて降り(しき)るこの雨は、どんな色をしているんだろう。――思い切って尋ねてみた。 


「付けるのに失敗すると視界がぼやけたりするけど、他は特に変わらないよ」

「へえ、視界が青くなったりしないんだ」

「カラコンで色を変えるのは瞳の輪郭部分だけ」

「伊達眼鏡みたいな感じ?」


 つかさは頭を振る。


「ともえも使ってみればわかるよ」

「嫌だよ。目の裏に入ったらと思うと怖いし」

「そういう事故がないわけじゃないけどさ。面白いよ?」

「ぼくは裸眼派ってことで」


 そういうもの? と訊ねられると思って身構えていたけれど、つかさは何も言わなかった。



 * * *



 立ち話も何だからと、少し離れた場所にある食堂に移動した。


 ススガクの食堂は十七時まで解放されている。けれど、飲食物の販売はお昼で販売終了だ。では、飲食物の販売が終わった食堂で何をするのか? というと、お茶とお水とお湯が出る無料のサーバーがあって、それらを飲みながら歓談したり、本を読んでたり、各々が思い思いの目的で利用している。


 コーヒーも無料で飲めたらいいのにな。

 それはさすがに贅沢すぎる注文か。

 喫茶『ロンド』の味が恋しい。


 自販機でホットのブラックコーヒーを買って、適当な席に腰を下ろす。つかさが買ったのはミルクセーキ。下半身に卵の殻をズボンみたいに穿いたひよこが「甘くっておいしいピヨ!」と吹き出しで語る、何とも言えないユニークなデザインだ。


 ミルクセーキってどんな味がするの? 飲んだことはないし、見つけても買おうと思わない。喉が渇いた際に選ぶのは、水、お茶、珈琲と相場が決まっている。冒険は程々。


「飲んでみる? 甘くっておいしいぴよ」

「とっても甘そうだし、要らないぴよ」


 で、ミルクセーキの()()()って何?


 ミルクケーキ味であれば味の想像は難くない。甘くっておいしいんだろうなって思う。けど、ミルクセーキ味と書かれると首を傾げたくなる。セーキって何なんだろう。


「ともえはいつもブラックだよね?」

「ブラックな人生を歩んできたからね」

「黒歴史ってやつだ」


 そう言われると、大した人生を歩んでこなかったみたいだ。まあ、そのとおりではある。Aがひっくり返って髭に見えるくらいには黒歴史塗れだしなぁ。


 あのモビルスーツも見た目で随分と言われてきたし、親近感を抱いてしまうんだ。ぼくはいいと思うよ? 個性的(ユニーク)で。


「ケンローもきっと黒歴史真っ最中なんだろうな」

「現在進行形で黒歴史って辛い」


 辛辣だねぇ、つかさは苦笑する。


「ともえって結構毒吐くよね」

「ネトゲ中なんてもっと酷いよ」

「あー、何か想像できちゃった」


 冗談って言う前に納得されてしまって、否定しようにもできなかった。このままではそこら辺にいる煽り厨と同類に思われてしまう。あんな低俗な連中と一括りにされたくはないが、ぼくが弁解するより先につかさが口を開いた。


「内通者くんはケンローのとこにいったのかな」

「サトウタイチだって」

「うわ、すんごく普通だ」


 ぼくの毒はつかさほどではない、と信じたい。


「ふとし、とも呼ばれてなかった?」

「ああ、あの、『なんかー』の人がそう呼んでたのは覚えてる」


 なんかの人の苗字が南下さんだったらしっくりくる口癖だ――そうでもない?



 * * *



 飲み物が切れたのを察して「お茶持ってくるね」と、つかさは席を立った。


 話も途切れたし、適当な話題でも落ちてないものかと周囲を窺うと、遠くの席に見覚えのある生徒が一人で何やら作業をしていた。


 あれは、我がクラスの番長・(なん)(じゃ)()くんでは?


 どうして彼がこんなところで——何をしているんだろうと手元を見ると、メモ用紙に何かを真剣な表情で書いている。果し状? まさか、喧嘩番長でもあるまいし。


「おー、珍しい人が珍しい場所にいるもんだ」


 はいお茶ー、って、つかさがぼくの前に緑茶を置いた。


耀(よう)(せい)っていつも一人だけど退屈じゃないのかな」


 南蛇井くんを下の名前で、しかも呼び捨てにするとは。ぼくにはそんな恐ろしいことできそうにない。多分、面と向かったら敬語を使ってしまう。そういうオーラが南蛇井くんにはある。アウトローみたいな。――けれど。


「一人は辛いよね」


 傍にはいたくないが。


「経験者は語る」

「その語るシリーズやめない?」


 独りはとても辛くて退屈だ。


 本当の意味で自由を満喫するのであれば一人のほうが好都合で、他人がいると返って邪魔になることのほうが多い。


 ゲームでも、NPCと会話しているのが気楽だって場面もある。地味な作業は好きだし、お遣いイベントはプレイヤーに煙たがれるけど、ぼくにとってはいい暇潰しだ。


 それでも(たま)に、あまりにも虚無的な時間の使い方だと絶望して、その度に「英単語の一つでも覚えたほうが有意義っちゃ有意義だなぁ」と思ったり、思わなかったりする。


 南蛇井耀生は、今、たった独りで虚無っているのだろうか――虚無るって言葉の意味は知らない。



 


 いつもご愛読下さいまして、誠にありがとうございます。皆様のブックマーク、評価、いいね、が私の活動の支えです。これからも応援を宜しくお願いします。


 by 瀬野 或

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