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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
32/82

#32 コロッケ二つ分の矜恃


「いい案だと思ったけどな。残念」


 こんなものでよかった? と訊ねるように、コバルトブルーの(そう)(ぼう)が、ちらり――、こちらを(うかが)ってくる。議論を進める上での起爆剤としては上々。さすがは『何でもできる』と()()()()()()()評判の(むく)(えのき)(つかさ)さんだ。


 藤村くんと知り合って間もないつかさに求められる役割は、会議を進行させるための火付け役。多分、グリモワを用いての解決は極めて低いと薄々勘づいていた上で、先の発言をしたに違いない。――有能すぎやしないだろうか。


「悪くない発想だったが詰めが甘かったな」


 つかさの思惑に気づいていない藤村くんが知った風に言う。グリモワについては自分の専売特許だと自負しているのだろう。残念。ランクマッチを()()になって走っていたのはキミだけじゃないんだよと、ぼくは言いたかった。言わないけど。


「雲然くんがグリモワにログインしてないのはどうしてだろう?」

「俺もそれが引っ掛かる」

「ログインできないような状態とか? ネット回線が切れてしまった、みたいな」


 これと言って示し合わせたわけでもなく――。


「それはないね」

「それはないな」


 藤村くんと声が重なった。


「ネトゲーマーが何を一番優先するかわかるか?」 

「食事?」

「ゲームに決まっている」


 不本意ではあるが、(おおむ)ねそのとおりである。


「食事、入浴、睡眠は、その日の目標(ノルマ)をこなしてからだ」

「ノルマを達成できなかったら?」

「達成できない日などない。できるまで潜る。当然だろう」

「ああ、だからこの部屋ちょっと臭かったのかぁ」


 消臭スプレーを撒いていたのは、そういう理由だったらしい。まあ、ぼくもちょっとあれだなって思ったし、お風呂は毎日入ったほうが衛生的にもよい。今のオタク界隈はファッションにも気を使う、通称・ネオオタクが主流だよ? オタクだって恋愛したいじゃん。


 しかし、そこまで汚部屋じゃなかったのは意外だ。毎日のようにすごしていれば、鼻が麻痺して臭いに気が付かないのも無理はない、か。部屋の状況を理解していなかったにも拘らず、「俺の家にこないか」と言ってのけた藤村くんの勇者っぷりには『あっぱれ』を送ってあげたい。


 それからもいろいろと意見を交換し合ってはみたものの、どれもぱっとしないというか、現実味がなかった。「探偵でも雇う?」って冗談で言っただけなのに、「真面目に考えろ」と藤村くんに怒られたのは、何だかなぁ、と思った。


「やはり、クラウディアが行きつけのネカフェに突撃するしか――」 

「私、それは反対だな」


 矢継ぎ早に反論したつかさは麦茶を一口飲み、「だって」と再び開口する。


「彼が住む町にネカフェが一件だけとも限らないし、そこに面識のないともえを派遣したところで話がややこしくなるだけじゃない」


 そうなんだよ! と、思わず拍手喝采しそうになった。ぼくが言いたくても言えなかったことを躊躇いもせず言ってくれる。それがつかさの長所でもあり、そして短所でもある。


「あと、他人任せって態度が気に入らない」


 こうなると、つかさは留まるところを知らない。気に入らないと感じた発言には、誰であろうと牙を剥く。能ある鷹が爪を見せる時、それは、狙いを定めた瞬間なのだ。所詮この世は弱肉強食。焼肉定食を前にした空腹のラガーマンを止める術はないのである。


「友だちなんだよね? だったら自分でどうにかするのが筋ってもんでしょ」


 まあ、そうなんだけどねぇ。それを言ったら元も子もないわけで、この場を設けた意味すら希薄になってしまうのだが、つかさは我慢の限界だったらしい。いや、よくぞここまで我慢した、と言い換えるべきかもしれない。


「もちろん、私もともえも知恵は貸すよ? だけど、そこまで。実行するのはケンローじゃなきゃ駄目な気がする」

「俺がやるべき……」

「私が雲然くんの立場だったら、面識のない他人を寄越した時点で縁を切るよ」


 その一言が決定打となった。



 * * *



「ごめん。私、言いすぎたかも」

「いいや、司の言うとおりだ……その、嫌な役目を押し付けてすまない」


 帰り際に和解して、「また学校で」と解散になった。


 外はすっかり夜の景色を見せている。学校側にあるお店は軒並みシャッターが閉まっていて、駅前がやけに眩しく感じた。何処からともなく夕飯の匂いが流れこんできたかと思えば、交差点を過ぎると人工的な甘い香りに変化する。


 夜はまだちょっぴり肌寒くて、ティーシャツにパーカー一枚だと心許なかった。それでも真冬よりは気温も上がったし、吐いた息が(しら)()むこともないけど、手袋くらいはリュックに入れておくべきだったと反省。


「夜はやっぱ寒いね」


 背後から身体を密着させてきて、ぼくはあたふたしてしまう。


 首辺りに当たっている物が本物なのかシリコンなのか、それが問題だ。当然、ブラをしているだろうから、余計に判断が曖昧になる。布切れ一枚如きが男の喜びを阻むのか! (せん)(かた)ないことを言っているのは重々理解している、ぼくである。



 


 ブックマークして下さった方々、まだしていない方々、いつもご愛読して下さいまして感謝を申し上げます。まだまだ未熟な点も多々ありますが、これからも応援して頂けたら幸いです。


 by 瀬野 或

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