#31 作戦会議はコロッケの匂いとともに
藤村くんは何処かから運んできた年代物のちゃぶ台を、部屋の中央辺りに置いた。子どもの頃から使っている物のようだ。ところどころに引っ掻き傷のような痕跡があったり、シールを剥がそうとして上手く剥がせなかった形跡を見受ける。
子どもって粘着物がすきだから、至るところにシールを貼ってしまうんだよなぁ。父の鞄にアニメキャラのシールを貼った時なんて、それは怒られたものだ。
部屋の中央にちゃぶ台をセットして、さあ話し合いを始めようかと思いきや、キッチンから、チンッ――、電子レンジかトースターの呼び出し音が鳴る。なるほど。ちゃぶ台を用意したのに座らず、ずっと立っていたのはこのためだったか。
藤村くんは、コロッケを六つ乗せた中皿と、人数分の麦茶を乗せた木製のトレイを両手で慎重に持ってきた。
「売れ残りのコロッケで悪いな。飲み物は麦茶で勘弁してくれ」
至れり尽くせりじゃないか、と僕は思った。
にくのふじむらのコロッケ――形状から察するに野菜コロッケ――を無料で二つも食べられるなんて素敵! 野菜コロッケは店頭で一つ六十円、合い挽きは八十円、牛挽きのみは百円、メンチカツとハムカツは百十円で店頭販売されている。
しかもなんと、にくのふじむらには揚げ物スタンプカードがあり、百円でスタンプ一つ。二十個貯まるとお好きな揚げ物を一つプレゼントなのだ。小腹が空いたら野菜コロッケ二つ、ゴージャスにいきたい時は牛肉コロッケか合い挽きのどっちかと、その日の気分で選んでいる。
「御門はよく買いにくるらしいな。俺はいつも裏で作業していて見たことないが」
「当たり前だよ。買い食いするならコロッケだって相場が決まってる」
「そういうものなの?」
「そういうものだよ」
東京ではタピオカが流行ったりしていたらしいけれど、ぼくは断然コロッケ派。
コロッケを食べながら駅を目指して歩く雰囲気がノスタルジーで、横断歩道の信号が青に変わった際に流れるとおりゃんせのメロディが更にノスタルジックな気分を加速させる。
ススガクを卒業して数十年経った頃、「久しぶりににくのふじむらのコロッケが食べたい」と、このコロッケの味を懐かしむのかもしれない。
「何だか嬉しそうね、ケンロー」
「べ、べつに」
「もしかして友だちを部屋に招いたのは初めて?」
「そんなことは、ない……」
どうやら図星のようだ。
つかさの読心術に掛かれば、藤村くんが考えていることなんて、手に取るようにわかってしまうのだろう――と、いつも冗談混じりで言ってはいるけれども、本当に読心術が使えるんじゃないかって、最近は特に思い始めた、ぼくがいる。
コロッケを食べながら歓談すること数十分。空いた皿を下げて戻ってきた藤村くんの表情を見て、会議を始める気構えをした。
様々な病を患っちゃってる藤村くんからすれば、この状況は円卓会議とでも言いたい光景だろう。何処となく身体をむずむずさせているのを見れば、ぼくの予想は大方合っているはず。
War of grimoireは少なからずアーサー王伝説の影響を受けたゲームで、ソードオブアーサーと名称を変えた聖剣エクスカリバーも登場する。武器ランクは最上位のアーティファクト。グリモワだけでなくファンタジー作品に触れて拗らせている者であれば、意識しないはずがないのだ。
「では、作戦会議を始めよう」
議長を買って出た藤村くんだが、第三者の意見を持っているつかさのほうが話を纏められそうではある。
本当に藤村くんでいい? って意味を込めてつかさを見ると、「いいんじゃない?」って同意するようにウインクを返された。余談だが、ぼくはウインクが大の苦手だ。練習したけど下手すぎて、母に残念がられてしまった苦い思い出しかない。
「椋え……司は何処まで話を把握している」
「お昼に話してもらったし、大体は?」
「そうだったな。何か妙案はあるか?」
「うーん……」
つかさは暫し考える素振りを見せて、
「この際だし、グリモワ? ってゲームでどうにかする、とか」
「WOGでどう決着を?」
「果たし合いみたいな!」
対戦格闘ゲームであれば、つかさの提案はある意味で的を射ている。拳と拳で語り合うのは男の浪漫だ。時代錯誤で硬派なイメージが付き纏うものの、殴り合いで深まる友情というのもあるのだろう。雨降って地固まる的な。――でも。
「そういうゲームじゃないんだよ、つかさ」
トレーニングルームはある。けど、基本的には対人を強要されるのがグリモワというゲームの本質だ。
戦闘経験を積めばそれだけランクが上がり、質の良い武具が入手できる。だから初心者でも取り敢えず、というか、問答無用で戦場に挑ませる。試行錯誤するのはボロクソに惨敗してからだ。
そもそも、総勢五十人の中から一人の勝者を決めるグリモワにフレンド対戦機能を搭載したところで、リアルの友人を五十人集められるはずもないし、たった数人でバトルしようとしても、最悪の場合、広大なマップの端と端からスタートさせられれば、時間制限ギリギリまで相手を発見できない可能性のほうが高い。
「――ということで、その案は実現不可能なんだ」
「さすがはともえ。経験者は語るってやつだね」
「齧った程度でそこまでシステムを理解できるものなのか?」
「あー、ぼく、凝り性だから」
危ない危ない、つい語りに熱が入ってしまった。
此処にいるのはガチ勢だった万殺の刹那さんなのだ。ぼくがグリモワでその名を轟かせた最強のプレイヤー・アスタリスクだってバレると厄介だし、これより突っ込んだ話をしないほうが賢明だろう。
言いたいけど言えない、オタクのジレンマである。




