#3 門出はいつも戸惑いの色を以て
薄ヶ丘駅から薄ヶ丘学園までは、徒歩十五分ほど。学校までの道はわかり易く、駅北口からずらりと並ぶ商店街を直進すればいい。
商店街と言っても、『なんちゃら横丁』的な下町を連想させる、昔懐かしいアーケード街じゃない。レンタルショップ、ファーストフード店、ファミレス、カフェチェーン店、コンビニ、カラオケ店といった若者が喜びそうなショップが軒並ぶ。放課後、友だちと集まって騒ぐには持ってこいだ。
友だちができれば、の話ではあるけど。
十字路を挟んだ学校側は、地元色が濃くなる。中でも特に「ああ、そういうのでいいんだよ」と思わず感心してしまったのが、スーパーマーケットいなもり、と、肉のふじむら、の二店舗。
学校説明会の帰りにスーパーいなもりに寄ってみたのだが、地方に古くからあるスーパーマーケットという印象だ。野菜の種類が豊富なのも、地元の農家と提携しているがゆえだろう。野菜の値札に生産者の名前が記載されていた。
肉のふじむらで店頭販売していた牛肉入りコロッケは、衣がサクッとしていて美味しかった。一つ八〇円と安価な値段設定なので、他のコロッケも食べてみたいと思った。
道路の両脇には桜の木が植えられており、昨夜の雨がなければ満開の桜並木を拝めたかもしれない。歩道橋に上がって見下ろせば、それはそれはフォトジェニックな光景を眺められたはずだ――と思っているや早々に、歩道橋で桜を背景に記念撮影する女生徒二人組を目撃。
彼女たちも新入生だろうか。
薄ヶ丘学園には制服がないため、在校生と新入生の見分けがいまいちつかない。ラフな格好でいいとはいえ、もうちょっと新入生らしい服装をするべきだったかも、と、彼女たちが精一杯お洒落をしてきたであろう服装を見て、自分の服装を鑑みる。
まあ、いいか。自由を重んじる高風なススガクの入学式でスーツを着用していたら、逆に悪目立ちしてしまう。
中学で悪目立ちしていた手前、なるべく目立つような行動は控えるべきと思って選んだ服は、灰色のパーカーと薄紺色のジーンズ。パーカーはちょっぴりオーバーサイズで、油断すると手が袖に埋もれてしまう。ダボッと着るスタイルが、ダボダボっと着るだらしないスタイリングになってしまった。
ワンサイズ上のパーカーを選んだ理由は願掛けのようなもので、高校生になれば背も伸びて、体格も今より大きくなると思った。一年後にはちょうど良いサイズになっていることを祈りつつ、ススガクまでの道を無言で歩いた。
小森文具店の前を通りすぎれば、ススガク名物『地獄の八十階段』が現れる。二十段毎に踊り場があり、その踊り場の両端に、「ちょっと一休みしていく?」よろしくなベンチまでもが用意されている。
因みにだが、この地獄の八十階段を回避して校舎に向かうルートも存在する。
そのルートは学校の敷地をぐるりと迂回し、校舎裏にある職員、来賓用駐車場へと進むのだけれど、この道のりを徒歩で行くのはあまりおすすめしない。
迂回する分の時間を用するし、車であればすいすい進める急勾配の坂道を徒歩で上がらなければならないのだ。
であれば、ひいひい言いながらも地獄の八十階段を登り切ったほうが早く、効率的でもある。苦労する分、体力も付くだろう……知らないけど。
地獄の八十階段をなんとか上り切って周囲を見渡すと、両膝に手を付いて息を切らしている生徒が何人もいた。
階段を上がり切ってもピンピンしている輩は、多分、中学時代に運動部に入っていた連中だろう。ぼくと彼らでは、今日までに積み上げてきたものが違いすぎる。運動不足、どうにかしないと。
サッカー部、野球部、バスケット部、バレーボール部、柔道部、剣道部、テニス部――どれも縁がないスポーツだ。泳ぎはできるけど人並み以下で、自慢するようなものでもないし。
高校でも運動部に入部する気はない。
だから背が伸びないとか、ほっとけ!
校舎の玄関――ススガクでは昇降口と呼ばずに玄関という言葉を使う――の前に黒山の人集りができている。入学式の受付だろう。どこからともなく「何組だった?」という男の声が聞こえてきた。
私立高校にも拘らず同郷の者がいるのか? それとも駅前からの道中で知り合いになったのだろうか。同い年だというのになんというコミュニケーション能力の高さよ。
ぼくなんて同じ方角を進む人たちを、見て、見て、見るだけだった。
声を掛けるタイミングなんてなかった……と思いたいけど、状況を顧みたら、できる・できないの話は別として、「おはよう。キミも新入生? 奇遇だね、ぼくもなんだ」この程度の初期英会話みたいな挨拶は交わせたかもしれない。
なるほど。友だち、グループの選別は、既に始まっているということか。じゃあ、この時点で自問自答しかしていないぼくは、このままぼっち確定ルートまっしぐらってこと?
いやいや、それはさすがに早計だろうと周囲を窺ってみれば、彼方此方で楽しげに雑談をする同級生たちの姿があった。
「その服かわいい! どこで買ったの?」
「同じクラスだといいなぁ」
「てか、ラインやってる?」
「中原中也って渋すぎマジウケる」
「お前、どこ中だよ」
「え、キミがあのゲームで最強と呼ばれていたプレイヤーだったのかい!?」
会話の内容が妙に濃いのはススガクだから? 濃ゆい会話に混ざって喧嘩しそうな雰囲気のある台詞を吐いている人と、ナンパっぽいことしているチャラそうな男と、ギャル風女子の口から中原中也という単語が飛び出したりとバラエティが豊かすぎて……。
この学校でやっているけるのかどうか、入学初日だというのに不安が押し寄せた。
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by 瀬野 或