#29 彼は新たな翼を手に入れたが、彼は未だに鎖で縛られたままである
教室に着いて直ぐに駆け寄ってきた藤村くんの情報によれば、雲然くんは本日も学校にきていないようだ。
常に冷静を装う藤村くんの表情も冴えない。心配と焦り、そして、どうにもできない自分に対しての怒りが影を作っているのだろう。
言動はアレで、相変わらず右手に鎖が巻き付いていて、マントのように黒い冬物コートを羽織っていて、拗らせ病を患っているけれど、案外、友だち想いな性格をしているみたいだ。
それだけに、何故、藤村くんが行動に移そうとしないのかが引っ掛かる。
大切な友人だと自覚があるにも拘らず、問題解決を第三者に頼るのか。今後も友だちとして付き合っていくのであれば、尚更、自分で解決したほうが得策だ。――それとも、そうできない退っ引きならぬ事情があって、ぼくを頼らざるを得ないとか? そんな、まさかね。
毎日のように隣の教室を覗き込んでいたことで顔見知りと呼べるまでの仲になった男子生徒がいるらしく、その男子生徒から雲然くんの情報を聞き出した。情報と言っても、「雲然、今日、学校休むってよ」程度。情報としての価値が本当にあるのかどうなのか。
「仮にソイツを内通者とでも呼ぼうか」
ははぁん?
さては内通者ってワードを使いたかっただけだなぁ?
こういうところはブレない藤村謙朗。
またの名を、グリモワトッププレイヤー・刹那。
右手に巻き付けた鎖が、シャラリ――、乾いた音を鳴らす。
どうでもいいけど日を重ねる毎に鎖の長さが増してない?
最終的には身体全体に鎖を巻き付ける気か?
藤村くんは何処を目指しているのだろう……。
「その、内通者くん? から他に有力な情報は得られた?」
つかさが訊ねる。
どうしてお前が訊いてくるんだ?
と、不思議そうな顔をする、鎖の人。
つかさを巻き込んだのはぼくの独断だったので、説明するのを忘れていた。報連相はしっかりと。――これ、常識ね。
「妨害工作があったようでな。それ以上は聞けなかった」
それっぽく言っているけれど、つまり、同じクラスの人でも詳しい事情は知らされていないってことだ。
何でだろう。その一言で雲然くんのクラス事情が手に取るようにわかってしまった。
クラスに馴染めず浮いてたんだなぁ。ぼくも似たような境遇だし、雲然くんの気まずい感じには、堪らず同調してしまいそうになった。
「新情報はなしってことね」
それにしても、この状況はクラスメイトたちにどう映っているのだろう。傍から見れば椋榎司グループの誕生を目の当たりにしているのでは?
気になって教室の様子を窺うと、我がクラスの真面目風ヤンキー味、南蛇井耀生と目が合った。――何でこっち見てるのん? 普通に恐怖いんだけど。
身の安全を確保するべく、今日はできる限りつかさと一緒に行動しよう。
「御門、お前はどう考える」
「へ?」
「聞いてなかったのか?」
「ごめん。ちょっとナンジャってた」
「なんじゃ……まあいい、もう一度言うからな」
コホンッ、咳払いを一つ。
「クラウディアがススガクを休んでいるのはクラン戦をガチるためだって考えていたんだ。しかし、昨日の夜にログインして、ヤツのクランに所属している連中が『クランマスターがこない』と慌てた様子でな。おかしいと思わないか?」
耳馴染みのない言葉に首を傾げるつかさには後程説明するとして、確かに気になる話だ。自分のプレイヤー名は口外されたくないのに、雲然くんのプレイヤー名であるクラウディアはよいのか。――ぼく、とっても気になっちゃう!
「実際問題、雲然くんのクランは刹那さん的にどう? 強者揃い?」
「万殺と呼ばれる俺からすれば資金不足は否めない……って、お前ホントにやめろバカ! バカも大概にしろよバカ! その名前で呼ぶなって何度も言わせるなバカ! バァカ!」
急に態度が豹変して、つかさが「え、なに?」と困惑したまま、ホームルームの始まりを告げる予鈴が教室に響いた。
* * *
グリモワの説明と、今回の件のアドバイザーにつかさが参戦したことを告けただけで貴重なお昼休みを丸っと消費したぼくら一行は、何の作戦も立てられないまま放課後を迎えた。
「ケンローはこれから実家の手伝い?」
つかさもようやっと藤村くんに慣れたようで、今では藤村くんを『ケンロー』と呼び、藤村くんはつかさを『司』と呼ぶまでに至った。が、慣れたのはつかさだけで、藤村くんは未だに『椋榎』と呼びそうになって睨まれていたりする。
「そうなんだが」
何かを口にしようとして言い淀む藤村くん。
「どうしたの?」
ぼくが訊ねると藤村くんは「ああ」と呟いた。
「お前ら、家にこないか?」
「家って、にくのふじむらに?」
「そうだ」
「どうして?」
今度はつかさが訊ねる。
「クラン戦の期日も近い。その前にどうにかしたいんだ」
「そんなに、クラン戦? って大切なの?」
「勝ち進めば勝ち進むだけ、今後の活動に影響が出る」
イカロスの翼、と思った。
「何とかってアイテムを手に入れるためだっけ?」
「その道具がチート級の性能をしているんだよ」
「ともえ、結構詳しいね。もしかしてやってた?」
暇潰し程度だけど、などと謙遜するように言ってみたが、中学時代はグリモワと共にあったようなものだ。ぼくの中学時代はグリモワに始まりグリモワに終わる、と言っても過言ではないくらい熱狂していた。
運営にアカウントを永久凍結されていなければ、現在もプレイしていたことだろう。あのままグリモワをプレイし続けていれば、ぼくもきっと藤村くんや雲然くんみたいになっていたかもしれない。
だから、引退するきっかけを作った運営には恨みもあるけど、憎しみさえ残っているけれど、SNSの公式アカウントに誹謗中傷を書き込みたいくらい腸が煮え繰り返ったけども、その実、感謝してもいる。
もしもグリモワを辞めていなければ、つかさとこういう関係になっていなかっただろうから。




