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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
27/82

#27 彼の尋ね人は雲隠れしている


 女装を日常化させるのは、やはり抵抗感があった。


 つかさの言うとおり、これは割り切れる問題ではない。


 割り切れないから何方(どちら)も選んでしまえって言い分は一理ある。運動の祭典に纏わる格言的な言葉、『出場することに意義がある』ではないけれど、やってみなければわからないのが世の常だ。


 しかし、そのハードル自体は飛び越えられなくもなかった。


 喫茶『ロンド』で聞いたつかさの演説に感銘を受けたからではない。当然、女装姿で外に出るともなれば、多少の抵抗はさせてもらう。


 でも、女装自体は昔から半強制的に行っているため、頑なに反発するつもりはない。女装して外出する――この一点だけはどうにも如何ともし難いのだ。


 今週の日曜日にデートをする提案をつかさに持ち掛けられて、ぼくは未だ了承していなかった。


「返事は帰ってからゆっくり考えてくれればいい」


 と、その場で言及してこなかったつかさに、ほんのちょっとだけ「意外だな」と思う。ぐいぐい攻めてくると思っていた。


 帰宅してからこっち、いつもより口数が減ったぼくを見て、「大丈夫?」と心配そうな表情を浮かべる母は、童顔で、年齢不詳なところがある。


 心の病になってからは白髪も増えたが、白髪染めをしているので特に問題なさそうな、見た目だけを言えば二十歳後半の美魔女。


 ぼくが生まれる少し前は、美魔女って言葉が世間に横行していたらしい。


 最近は滅多に聞かないけど、三十代から四十代をターゲットにしているファッション誌の表紙で偶に見受ける程度には、美魔女の意味を理解しているつもりだ。


 母の遺伝子を多く受け継いだぼくは、父からすると母の生写しなのだそうだ。


 それはそれであまり嬉しくはないが、父からすれば最大限の賛辞なのだろう。美人の基準が母すぎる父である。息子の前でイチャイチャするのは本当にやめていただきたい。何とも言えない気持ちになるから。


 夕食、入浴の順番で済ませて部屋に戻ると、学習机の上で充電させてそのまま置きっぱなしにしていたスマホが、ピロン——、断続的に通知音を奏でた。


 迷惑なアカウントからのスパムメッセージかな?


 無視しようとして、そう言えば! と、慌ててスマホのロックを解除した。


 中学に入って直ぐに買い与えられたスマホはこれが二台目となる。

 初代はお風呂場で使用してその役目を終えた。

 防水性能を過信しすぎたぼくが悪い。


 ネットで調べたところスマホの防水性能にはレベルがあり、一般的なスマホは『多少濡れても平気』なだけで、アウトドアでガンガン使えます仕様でもない限り、水やお湯に浸かれば完全にアウトだ。


 精密機械を水に漬ければ壊れるのは当たり前である。


 そうなればいよいよスマホの仕様頻度は著しく低下して、ソシャゲをプレイするくらいしか触る機会がなかった。


 音楽を聴くにも父から譲り受けたMDコンポがある。パソコンでも音楽を聴ける。わざわざスマホに音楽をダウンロードして聴くよりも、これまた父から貰ったMDウォークマンがあるので外出中の暇潰しには事足りている。


 ススガクに入学するまで友人がいなかったぼくは、他人とメッセージをやり取りする習慣がなくて、無我夢中でスマホと睨めっこしている同級生たちに、何だか不憫だな、と感想を漏らしていたものだが、そんなぼくにも、友人? 知人? ができた。


 やったねぼく! これでようやく彼らと同じ土俵に立てるよ! あんまり嬉しくないのはどうしてかなぁ。


 メッセージアプリのトーク画面に、家族のグループトークと企業アカウント以外が介入してくるのは不思議な感覚で、つかさから一件、藤村くんから三件のメッセージが届いていた。


 どうでもいいけど、藤村くんのアイコンが何処かから拾ってきたであろうイケメンイラストなのが居た堪れない。


 藤村くんの人となりを思えば納得のチョイスかもしれないが、兎にも角にも二次元イケメンアイコンは痛い。痛々しい。ぼくに効果抜群(クリティカル)で効く。どうせならアニメキャラクターにしてくれないかな。グリモワの自キャラでもいい。頼むよ。


 つかさのメッセージには、日曜日のデートについてが書かれていた。


『日曜日の件だけど、自分の気持ちに区切りがついたら返信してね』


 口調が柔らかいのを見ると、今は女性の気分らしい。それとも、自宅では女性モードが基本なのだろうか。無論、何方(どちら)のつかさも魅力的だし、友人であることに変わりない。


 同年代の相手とメッセージのやり取りをする習慣がなかったとしても、既読無視が重罪であることは知っている。『わかった』と返信すると、『よろしくね』って返ってきて、ぼくは『わかった』と送信。するとつかさから『それじゃ終われないでしょ』って――無限ループって怖くね?


 どう終わればよいものだろうと様子を窺っていたら、『おやすみ』のメッセージが届き、つかさとのやり取りは終わった。次は藤村くんのメッセージだが、これは読まなくても粗方の予想は付く。


 藤村くんといえばクラウディアくん関連だ。


 成り行きで仲直りの手伝いをさせられているぼくは、クラウディアくんを見掛けたら教えてくれと藤村(けん)(ろう)に頼まれている。


 頼まれていて申し訳ないが、クラウディアくんの姿を見掛けていないし、探してもいない。自分のことで手一杯で、それどころじゃないのだ。


『御門』

『クラウディアについて』

『何か情報を掴んでいるか?』


 わざわざ三つに分けて送信するほどの内容?


『御門、クラウディアについて、何か情報を掴んでいるか?』


 これでいいじゃん。


「クラウディアくん、ね……」


 クラスしかわからない人物について、ぼくは何を思えばいいのだろう。


 あの時は物陰から様子を見ていただけで、顔がどんなだったか朧げにしか覚えていない。一昔前のギャルゲー主人公みたいだ、という印象。ある意味、これは個性では? 影が薄いのに濃いなんて凄い。


 ぼくはクラウディアくんの情報を、藤村くんから聞き出すことにした。情報を欲する相手から情報を得ようだなんてあべこべな話だ。でも、クラウディアくんが学校にきていないのだからそうする他にない。


 隣のクラスに伺って、「クラウディアくんはどうして登校していないんですか?」と教室で暇そうな人を捕まえて尋ねるのも億劫だしなぁ。


『本名は雲然だ。下の名前は知らん』

「くもぜん?」

『くもしかりと読む』


 本名に『雲』が入るから、クラウディア! 合点が入った。


『薄野駅から下り三つ目の駅が地元らしい』

「らしい?」

『実際に見たわけじゃない』


 間髪続けて、


『地元の外に出る機会が少ないんだ』

「お店の手伝い?」

『察しがいいな、その通りだ』

「あのさ、申し訳ないけど、メッセージをいっぺんに送ってくれない?」

『このほうが読みやすいと思ったが……そうか、善処しよう』


 何ならメッセージじゃなくて通話でもいいんだけど、そうなると長くなりそうだと思って呑み込んだ。


「クラウディア……雲然くんが行きそうな場所に心当たりは?」


 藤村くんが手を(こまぬ)いている理由は、実家の手伝いがあって自分の時間が思うように取れないからにある。ゲームする時間はあるのか? とツッコミたいが、手伝いから解放されるのは夜なのだろう。


『クラウディアもインドア派だからな。そう出歩くような性格じゃ……いや待てよ。確か、ガチでWOGをプレイする際は駅前にあるネカフェに行くと言っていた』

「そこでグリモワをプレイしている可能性が高い?」

『近々クラン戦があるからな。その可能性は充分に考えられる』


 雲然くんが居そうな場所は把握したけれど、それでどうする? まさかぼくが現地に赴いて「学校においでよ」と声を掛けるのか? 小学生じゃあるまいし、「いやお前だれ?」と門前払いされるのが目に見えるわけで――さて、どうしようかなぁ。



 


 いつもご愛読して頂きまして誠にありがとうございます。ブクマ、評価、いいね、とても励みになっております。どうかこれからも応援を宜しくお願い申し上げます。


 by 瀬野 或

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