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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
23/82

#23 限られた時間の中で、彼は新しい自分に出逢うのか


 翌日、一年二組の教室に入って直ぐ目に飛び込んだのは、男装をしたつかさの姿と隣に置いてある、キャスター次の小さめな白い旅行バッグだった。


 国内旅行には丁度良いけれど、学校に持ってくるには大袈裟な荷物である。


 まさか天体観測でもする気じゃないよね? と疑ってしまうのは、ぼくが件のバンドのファンだから。因みに本日の天気予報は曇りのち晴れ。雨は降らないらしい。


「おはよう、ともえ」


 いつものこと乍らファッショナブルな服装だ。こういう服は何処で購入しているのだろう。安さを売りにするファッションセンターでは、見掛けた試しがない。


 同系列のワンランク上の店なら売っているかも――安価な店に売っているか否かを前提としている時点で、ぼくの服選びセンスはその程度であるのが見え見えだった。


「おはよ。その荷物、なに?」

「これかい?」


 トランクタイプの旅行バッグの上に左手を添えて軽く撫でながら、


「ともえに可愛いをお届けしようと思って持ってきたんだ」

「可愛いは作れるから遠慮するよ」

「まあまあ、そう邪険にしないで」


 昨日の今日だから嫌な予感はしていた。九秒弱で教室を出ていったつかさの目が、母とそっくりだったのもそう。起きた瞬間に胸騒ぎがしたのは――なるほど。


 これが虫の知らせってやつ? それとも、朝食に食べようとしたトーストの、ジャムを塗った面がカーペットに着地した方を言うのか。はたまた、駅に向かう途中に黒猫が前方を横切ったから?


 そう言えば、ゴミ捨て場にいたカラスにも三回鳴かれたし……なんだこれ、ぼく死ぬのかな?


「私はね、ともえ。昨日の話を聞いて不公平だと思ったんだ」

「共感してくれたって話じゃないのは確かなようだね」


 まあ、ある意味では共感したのだろう。

 無論、ぼくじゃなくて、女装を強要するぼくの両親に。

 そんな共感は望んでないよ。


「結構重かったんだよ? 階段を上るのも一苦労だ」

「そうまでして持ってくる必要はないんだけど」

「ともえのためだって思えば何てこともないさ」

「頼んでないんだよなぁ……」


 しかし、具体的に何を持ってきたかまでは言明しなかった。いくら聞き耳を立てたところで、話の内容は、ぼくとつかさだけにしかわからない。まるで大黒屋とお代官様の密談みたいで、こう、何と言うか、ぐっとくるものがある。


 これが噂の、『仲のいい友人とだけする内緒話』ってやつか! と、憧れのシチュエーションに心が騒いだ。


 今まで内緒話をされる側だっただけに新鮮な感覚である。これでぼくも一端の学生だと誇れるだろう。うん、それは絶対に間違ってるんだよなぁ。


「ともえ、何だか嬉しそうだね? もしかして――」


 喜んでる? とでも言うつもりだろう。


「いや、それはない」


 言わせてなるものか。


「でも、折角持ってきたんだし、着てくれるだろ?」

「学校では着ないからね!」

「へぇ、学校じゃなかったら着てくれるんだ? 言質は取ったよ」


 ……いじわるだ。



 * * *


 

 学校では着ない――これだけは譲れないと言ったぼくの条件を満たす最適な場所は何処か? と、つかさが出した結論は、喫茶『ロンド』だった。


「うちは喫茶店(サテン)だぞ? ファッションショーをやりたいなら他を当たるんだな」


 マスターの言い分は(もっと)もだが、それでもつかさは食い下がる。


「三十分でもいいからさ、頼むよマスター」

「駄目だ」

「コーヒーとバウンドケーキのセットも注文する。二セットだ」

「当然だろ、うちの店を何だと思ってやがる。……おい待て、二セットってオメェとそこのチビっ子の分じゃねぇか。交換条件にもならねぇよ」


 それにしても、いつからこんなに歯に衣着せないやり取りをするまでの間柄になったんだろう。


 つかさがこの店を訪れたのは三度。そりゃあ庶民派の喫茶店のマスターならば客の顔を覚えるのも仕事だろうし、高校生の客は珍しいと言っていたのもあって記憶に残っていたのも頷ける。


 コミュニケーションが得意なつかさだからこその芸当で、その才能にちょっぴり嫉妬した。 


「ススガクでロンドの宣伝をする。これならどう?」

「うちは子どもの溜まり場じゃねーって言ってんだろ」


 ああもうしょうがねえなぁ、とマスターがうんざりした顔で頭を掻いた。


「三十分だ。あくまでも着替えだけ。変なことすんなよ。終わったらケーキセットを二つ注文。この条件でいいんなら二階を使え。倉庫になってっから商品に触れるんじゃねーぞ」

「なるほど。その条件でなら今後も二階を借りてもいい?」

「好きにしろ。ったく、最近のガキはちゃっかりしてやがるぜ」 


 ぼくとつかさは「ありがとうございます」と頭を下げ、カウンター横の階段を上がった。



 くの字に曲がる薄暗い階段の踊り場の壁に、白、赤、青、黄色などで彩られたステンドグラスが飾られており、斜陽が踊り場の床をカラフルに照らしている。


 口調の荒いマスターの趣味とはとても思えず、しかし、そこには混み入った大人の事情があるのかもしれないと、留めた足を動かした。


 階段を上がった先にドアはなく、十二畳ほどの部屋があった。


 天井が三角形で、左右の壁には珈琲豆や小麦粉、調理器具が棚に置いてある。外観から見えた丸型の窓は、この部屋に唯一ある嵌め殺しの窓で間違いない。


 一階で流れる音楽がぼんやりと聞こえるけれど、換気扇が回っているせいで雰囲気は倉庫丸出しであった。


 マスターは床に物を置かない徹底ぶりで、実はかなり几帳面な性格のご様子。


「結構広いね」


 両サイドに棚があるけれど、圧迫感はない。


「でも、三十分一三〇〇円のレンタルスペースと思うと、何だかぼったくられてる気がする」

「贅沢を言わない。……いや、贅沢しているのかな?」


 旅行バッグを開きながらつかさが言った。


「ま、時間が勿体ないし、ちゃっちゃと始めよう。化粧は無理そうだけど、ともえなら問題ないね」


 喜んでいいのか悪いのか、複雑なコメントだった。



 


 ブックマーク、評価、いいね、誠にありがとうございます。これからも応援して頂けたら幸いです。今後とも当物語をよろしくお願い申し上げます。


 by 瀬野 或

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