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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
22/82

#22 求めているものは、求めたくないもの


 ホームルームが終わって直ぐに席を立つのは毎度ではあるものの、今日は「用事があるから先に帰るね」とぼくに言い残し、誰よりも早く教室を出ていった。


「立ってから教室を出るまで掛かった時間は約九秒だ」


 おお――、と、感動の声が教室の彼方此方(あちらこちら)から上がる。


「ついに十秒を切ったか。バスケ部に欲しいな」

「いやいや、どう考えてもサッカー(うちの)部に欲しい」

「でも(むく)(えのき)って女子だもんなぁ」

「男じゃねぇの?」

「うちのクラス最大のミステリーだ、アイツは」


 つかさがいないことを良いことに運動部員たちは言いたい放題で、近くにいた女子グループのまとめ役が腕を組み、威嚇するかのように「ちょっと男子ぃ?」と語気を強くして彼らを咎めるのは、何処にでもあるようなクラスの風景。


 他校と違う点を挙げるとすれば、漏れなく全員が私服であることくらいだ。他にもいろいろとツッコミどころは満載だけれど、(やぶ)を突いて蛇を出したくないのが正直な感想。


 特にチャラーズの面々を敵に回すと後々厄介そうだが、入学式早々に強烈なインパクトをぼくに与えた(なわ)(しろ)(きっ)()は、女子姿のつかさが登場して以降、その存在感を潜めており、最近はチャラーズの中で浮いた存在となりつつあった。


「あの華麗な身のこなしは只者ではない」


 背後から声が聞こえて振り向くと、刹那さんが右手に鎖を巻き付けて立っていた。ああ、刹那さんと呼ぶと怒られてしまうから、ここは素直に藤村くんと呼ぼう。よし、間違えないように練習するか。藤村くん、藤村くん、藤村くん。


「どうかしたの、刹那さん」

「いやだからお前バカ! てかわざと言ってるだろバカ! リアルでその名を呼ぶなってあれほど言ったはずだがバカなのかバカ!」


 愛も変わらず語彙力の消失が面白い。


「……御門」

「はい?」

「クラウディアのことで相談があるのだが、聞いてもらえないだろうか」


 自分は刹那と呼ばれたくないのに、クラウディアくんのことはクラウディアでいいんだなぁ。


「どうしてぼくなの?」

「俺とお前の仲だからだ」


 いったい、いつ、どこで、ぼくと藤村くんはどんな仲になったんだろう。



 * * *



 深刻な表情をしている藤村くんに着いていくと、藤村くんは食堂のカフェテラスに腰を下ろした。


 カフェテラスと言っても名前だけで、外に屋根とテーブルがあるだけ。それを『カフェテラス』なんて大袈裟に呼んでいるのだから、ススガク生徒の見識に一抹の疑問を抱いてしまう。


「さあ、座ってくれ」


 手を向けられ、藤村くんの正面に座った。


「クラウディアくんの話って?」

「その前に確認なんだが、御門はWOGのクラン戦が近づいているのは知っているか」


 うん、と頷く。


 二十五人対二十五人のプレイヤー戦の情報ならSNSを通じて知っている。自分はプレイできないのに、未練がましく公式アカウントをフォローしているし、タイムラインでも勝手に情報が流れてくる。


 今回の報酬は一定時間だけ空を飛べるアイテムだったはずだ。


 しかも、それを天界族が装備すると機動力が格段に上がるぶっ壊れ仕様で、グリモワガチ勢は報酬を得るために血眼になって、学校や会社を休んでプレイする気満々だろう。


「クラウディアが使っているのは、天界人なのだ」

「そうなんだ。不遇職なのによく選んだね」


 他人事のように話しているけれど、ぼくが使っていたのも天界族である。


「不遇なものか。今では天界人が環境だぞ。それもこれも、全てはアスタリスクの功績だ」


 アスタリスクとは、運営からBANされたぼくのユーザー名だ。


「クラウディアは絶対に『イカロスの翼』を手に入れたいはずなのに、WOGにログインしていないらしい。そればかりか学校も休みがちで、クラウディアが何を考えいるのかわからないのだ」


 話を要約すると『クラウディアくんが心配でしょうがない』って話だな。


 ここまで話が到達するのに遠回りしすぎじゃないか? 単刀直入に言ってくれればいいものを、藤村くんのような人種は敢えて回りくどい言い方を好むきらいがある。面倒極まりない。


「連絡先は知らないの?」

「全てブロックされているようだ……」

「ええ……」


 開始早々に詰んでいてはどうしようもないんだけど?


「こういう時、御門ならどうする?」

「応援してる」

「いやそこは友人のために獅子奮迅する場面ではないのか!?」

「どうしてぼくが面識もない人のために身を粉にしなきゃいけないの?」


 確かに、と藤村くんは唸る。

 納得しちゃったよこの人。


「とはいえ、頼れるのは御門だけだ。もしクラウディアを見掛けたら連絡してほしい」


 と、強引に連絡先を交換させられて、藤村くんは足早に「頼んだぞ」と去っていった。



 * * *



 帰宅途中の電車に揺られながら、父がくれたMDウォークマンで音楽を聴く。


 左から右に流れる風景に、夕間暮れの空。ポップソングがバラードに移り変わり、女性シンガーの伸びやかで美しい声が切なげに恋を歌っている。


 鼻声の車掌のアナウンスが煩わしくて、音量を二つ上げた。 


 薄野駅から乗車して一時間半の帰路は、考え事をするには充分な時間だ。だけど、どれもこれもぼくには答えを出せそうにない。


 藤村くんみたいに誰かを頼ることもできないし、つかさのように真っ直ぐにもなれないぼくは、どうしようもなく手詰まりな気分だった。


 知らない町の知らない駅に停まった電車が溜息を吐き出すようにドアを開けると、ぞろぞろと乗客が乗降する。


 サラリーマンが多いのは、定時で上がれる会社がこの町にあるという証明か。しかし、彼らサラリーマンは同じように俯いて、今日の仕事疲れをどうすればいいのか、どうしようもないな、と半ば人生を諦めた表情をしていた。


 アルバムが聴き終わっても、ぼくの帰路は続く。


 次は何を聴こうかな。


 MDケースに入っている四枚のMDカセットはカラフルなことだ。特に色は気にしていなかったけれど、こうして見ると赤系の色が多い。


 別に赤が女性の色とは思わないが、さすがにピンクが二枚も入っていれば違和感を覚える。これも、ぼくの存在意識が可愛いを求めている証拠なのだろうか。


 

 

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