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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
21/82

#21 彼の中で芽生えている感情の答えは、彼女だけが知っている


 昨夜はお楽しみでしたね――などとは口が裂けても言えない夜だった。


 父が帰宅するまでに衣装――便宜上そう呼ばざるを得ない――を選び、メイクをして出迎えなければならないのだから、分刻みのタイトなスケジュールを強いられる。当然そこにぼくの意思は反映されず、母のワンマン営業状態だ。


「これなんてどうかしら?」


 姿見を前にして当てがわれた服は、セーラー服のような襟のフレアスカートワンピース。胸元にある紐をジグザクに通し、蝶々結びでタイとする物。袖は白で、肩のラインからスカート部分までが茶色。襟にも同色の線が引かれている。


 どう、と言われてもな。


 服は可愛いとは思うし、誠に遺憾ながら似合うとも思ってしまったけれども、それを認めたくない自分が、心の中で「ぼくは男だ」と叫んでいた。無論、その叫びは上機嫌に服を当てている母に聞こえるはずもなく、虚しくも頷くしかできなかった。


 他にも三着が用意されていたが、母の中で最初に選んだ服が一番しっくりきたらしい。残りの服は『女装専用のクローゼット』にしまい込み、それと同時に取り出した大層ご立派な黒いメイク箱をドレッサーのテーブルに置いた。母の目が本気だった。


「この服だとナチュラルメイクが映えるわね」


 ナチュラルメイクが映えるのは衣装に依存するからなのか、どうなのか。長年の経験がそう結論付けたのだろう。ぼくはいつもされるがままなので、メイクに対して口出しをしたりはしない。


 毎回、母が着付けからメイクまでを執り仕切るけれど、ぼく自身もメイクができないわけではない。「女の子なんだもの、化粧くらいできないと!」と強制的に覚えさせられたのだ。特別な日のみぼくは娘で、息子扱いされないのである。最初はかなり困惑させられたが、もう慣れてしまった。慣れって怖いね。


 そんな母が特に力を入れたのが、『口調』だった。一人称の矯正は勿論、両親の呼び方、言葉尻に至るまで、それはもう入念に叩き込まれた。


 そのせいで、ぼくの口調は偶に女子っぽくなる時がある。気をつけたって無意識にそうなってしまうのだから、こればかりはどうしようもない。


「ネイルも綺麗にしましょうね」


 まるで人形になった気分で放心し、ドレッサーの椅子に座ること数十分、誰がどう見たって女の子にしか見えない『御門ともえ』が完成したのだった。



 * * *



 他人には絶対に聞かれたくない話をするとなれば、裏山の秘密基地スペースに移動するのは必然。


 食堂の売店でおにぎり二つと食後のプリンを購入し、ぼくらはつかさの兄(=姉)が作成したマルタのベンチに並んで座っている。


 昼食をべながら話す内容ではない気もするのだが、この爪の有様を見られては言い逃れも難しい。


 それに、何が何でも絶対に問い詰めるマンとなったつかさが、従業中、休み時間も見境なく「綺麗な爪だね」と含蓄たっぷりにこれでもかと言ってくるのだ。根負けする形で現在に至る。


「人に歴史ありと言うけれど、闇が深い話ね」


 説明後の最初の一言がこれだった。


「ともえには申し訳ないけど聞けてよかったって思った」

「ええ……」


 ぼくとしては墓場まで持っていきたかったんだけど。


 それに、とつかさは前置きを入れる。


「私をすんなり受け入れた理由にも合点がいった」

「今も少なからず動揺はあるよ?」

「さすがにもう慣れたでしょ」

「冗談。心臓に悪いんだからね?」


 女装したつかさを見るとどきりとさせられるし、男装したつかさを見てもどきりとさせられるものだから、免疫が付くのはもっと先の話だろう。


 一年二組の面々のほうが順応は早そうだ。一部のクラスメイトは教室にいるつかさの姿を見て、巧妙に『くん』と『さん』を使い分けている始末。


 とどのつまり、つかさが日常に溶け込んでしまえるほど、私立薄ヶ丘学園高等学校でのハイスクールライフはカルチャーショックの連続だ、とも言える。


「ねえ、スマホに女装した写真は保存してないの?」

「するわけないじゃん!?」


 母のスマホになら数枚残っているかもしれない……。


「SNSに女装アカウントがあったりは」

「断じてありません」


 ない……よね?

 ちょっぴり不安になった。


「ともえは本当に女装が嫌いなの?」


 お昼休みもそろそろ終わる頃、片付けを早々に切り上げたつかさがぼくを見て言う。


「本当に嫌だったらここまで女装を続けていないんじゃない?」

「言ったでしょ。母さんの病気が再発しないようにって」

「それだけじゃないと思うんだけどな」


 ぼくは頭を振った。


「それだけの理由だよ。だってぼくは男だし」

「男性だって趣味で女装するよ」

「趣味で、でしょ」

「そう。趣味で」


 母の心の病が再発しないように、理由はそれだけ。


 それだけのはずなのに、つかさに指摘されて考えてしまった。


 言われるがままに女装をするのは、母を言い訳に使っているだけなんじゃないか、『男性として格好よくなりたい』よりも『女性の可愛らしい()()姿(すがた)に憧れている』のではないか、と。月に一度の女装を楽しみにしている? まさか、そんな。


 だけど、と更に思考する。


 今日までの人生で男らしい物に興味が向いたことはあっただろうか。


 WOGを初めてプレイした日、動かすなら可愛いほうがいいって理由で女性キャラクターを選んだのも、女性の服を体に当てられて可愛いと思う感性も、()()()()()()()()()()()()()じゃないのか。


「ねえ、つかさ」

「なに?」

「女装って、何なんだろ」


 わけがわからなくなってつい訊ねたぼくに、


「もう一人の自分と出会うための手段だよ」


 何の迷いもなく――いや、ぼくの迷いを振り払うかのように、つかさはそう言い切った。



 

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