#18 何を以て異常とするのか、二人は答えを出せない
つかさはぼくとどういう関係になりたいんだろう――それを口にするのが怖くて開きかけた口を閉じた。『友だちになりたい』この一言を発するのに、どれだけ遠回りしなきゃいけないんだか。
ぼくは臆病だと自覚している。石橋を叩いて渡るどころか、叩き割るまで叩き続けてしまう。
そうして叩き割った結果、「どうしてもっと早く渡ろうと考えなかったんだ」って後悔する。それと同時に「やっぱり渡らなくてよかった」とも思う。
踏み出さなかった自分に対する言い訳は得意だ。
くよくようじうじなぼくと比べて、つかさはひたすらに我が道を突き進んでいるようだ。
悩みはするけど懊悩はしない。これまで歩んできた道のりがつかさの潔さを作り出したのかもしれないが、反面、それは自衛手段とも言える。
多分、つかさは主人公なのだ。
自分の物語を持っていて、主役を全うしているからこそ、一挙手一投足を『格好いい』と感じた。男性と女性を完璧に演じる能力だって、一括りに才能だと言うのは烏滸がましい。そういう自分であると認めて、努力を積み重ねた。そして、今がある。
まあ、それはそれとして。
ぼくとつかさは出会ってまだ間もない。
お互いに知らないことが多すぎて、わからないことばっかりで、だから、友だちになってほしいというぼくの願いも早計なのかもしれないし、況してや恋人関係になるなんて性急に結論を出しすぎだ。無論、恋人同士になりたくないわけじゃない。
ああそうか、もっと素直になれればいいんだ。
言い訳ばかりして逃げるのも、素直な気持ちを表明するのが照れ臭いだけだ。
照れ臭いから言葉を濁して、間違えて、すれ違う。藤村くんとクラウディアくんが正しくそうだったじゃないか。彼らの問題に直面しておきながら、それを何処か別の世界の出来事だって認識していた。
心の中で藤村くんに「ありがとう」と呟いて、コバルトブルーの双眸と真っ直ぐに向き合う。
「ぼくはね、つかさ」
「うん。聞かせてよ、ともえの気持ち」
ぼくはね、つかさ。
キミのことをもっと知りたいんだ。
「何もおかしなことは言ってなかったよ」
「どういうこと?」
「友だちから始めて、これからも付き合っていきたいって意味」
初めて友だちと呼べそうな他人だからこそ、間違いじゃなかった。
「ぼくらはまだスタート地点にすら立ってない、席が隣同士だから一緒にいるだけ」
それでも、今だって友だちと呼んでいいのかもしれない。
「だからこそ『友だちから』なんだ」
正直、面倒臭い性格だなって自覚はある。
だけどもぼくは、石橋を叩き割るくらいしなければ納得できない。
それがどれほど愚かしい行為であったとしても、オトコオンナと蔑まれた日々は変わらないから、急に性格が明るくなったり、誰彼構わず愛嬌を振り撒くこともしない。
つかさの友だちとして相応しいのかも微妙なところだ。
お喋りはすきでも気の利いた話題を振れないし、流行りの服にも疎い。一着五千円のシャツを買うくらいなら二着で六千円を選ぶのがぼくという人間なんだ。――それでも。
「ぼくと友だちから始めてくれる?」
言った。
言ってしまった。
友だちになってくれって自分から言った。
人生で初めての経験だ、緊張しないわけがない。
つかさは水の層ができているコーヒーをストローで三回混ぜ、ストローに顔を近づけると一口分飲んだ。
「本当にともえは面白い子だね」
「そんなことはないと思うけど」
「面白いよ。だって、それじゃあ昨日と変わらない」
まあ、言い方を変えただけで、そのとおりではある。
「私はね、ともえに好かれたいとは思っていないんだよ」
「え?」
「自分が誰かを好きになることが何よりも重要だと考えてるから」
ぼくの頭上にハテナマークが出浮かんでいるのを、つかさは見えているだろうか。
「相手に好かれたいって思うのが普通じゃない?」
嫌われたらどうしようとか考えるだろう――それすらもないってこと?
首を傾げているぼくを見て右手を顎に当てながら、「困ったな。どう説明したものか」つかさは呟く。
「普通の人はそうなんだろうね。でも、私は頭がおかしいんだよ」
寂しげな笑顔だった。
「男性でもあって女性でもあるなんて異常でしょう? でも、それが私」
「……」
言い返す言葉が見つからず、沈黙を選んでしまった。
沈黙は肯定と同義らしい。
ネットで度々見かける文言だ。
「そんな私を好きになる人なんて現れるわけがない。こんな私を受け入れられる他人がいるとも思えない。でも、ともえは私に好かれたいと思ってくれている――だから面白い子だと思ったし、私をどうしたいんだろう? 私とどうなりたいんだろうって考えた」
ぼくがオトコオンナと蔑まれたのと同じく、自分を「異常だ」と言い切ったつかさにも悲しい過去がある。
それだけはわかった。
でも、それだけしかわからない。
「いろいろと考えてみたけれどやっぱりわからなくて。だからもう一度、ともえの気持ちを確かめてみたかった」
「好意ではなく興味本意でってこと?」
「平たく言えばそうなるね」
それが真実だったとしても、『それならそれでいいかもしれない』と思えたぼくも大概だ。
最低だと怒るのが自然な流れなのだろうけれど、これまで出会ってきた同年代たちのほうが気持ち悪すぎて感覚が麻痺しているのかも。それに、興味のない他人にここまでするほどお人好しじゃないって知れただけでも大収穫だった。




