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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
17/82

#17 友だちとして、彼女として、しかし、彼氏としてはと彼は倦ねる


「刹那くんの趣味が覗きだなんて()()は見た目によらないね」


 いや、見た目どおりかも。


 黒い衣服に黒いサングラス、黒のウレタンマスクまでも付けていれば、巡回している警察に「職務質問してください」と言っているようなもので、それだけならまだ言い訳も立ちそうだが、右手に巻いている鎖は如何ともし難い存在感である。


 鎖こそが藤村(けん)(ろう)のアイデンティティだったとしても、本来の鎖の使い方を考えれば、やはり違和感は拭えない。もしかしてコスプレの類? 手に鎖を巻き付けるキャラクターなんていただろうか? と一考してみる。


 鎖を武器にして戦うキャラクターなら某ハンター漫画にパプリカみたいな名前で登場するけれど、藤村くんの服装は黒一色だ。民族衣装を身に纏っているパプリカみたいな名前のキャラのコスプレとはとても言えない。というか絶対違う。誓約と制約なんて男子心を(くすぐ)る格好いい言葉(フレーズ)が似合う容姿でもないしなぁ。


 そんな鎖巻き巻き男、藤村くんは完全に油断していたらしく、ぼくの姿を捉えると身体をびくりと跳ね上げた。タイムラグがすぎる。仮にも刹那と名乗る者が、か弱い女性然とした悲鳴を上げるなんて。いつも強者感を出しているだけに情けない姿だった。


「おいバカ! お前ほんとバカ! リアルでその名を呼ぶなと言っただろバカ!」


 ジャラリ――、右手の鎖が鳴いた。焦ると語彙力が一になって、バカしか言えなくなるのが藤村くんの面白いところではある。ギャップとまでは言えないけれど。


「それにしても、お前は本当にくのいちのようだな。まるで気配を感じなかったぞ」


 だからぼくは男だから忍者なんだってば、忍者でもないけどね、と透かさず訂正を入れておく。


「気がつかなかったのは単純に、藤村くんが覗きに集中していたからだよ」

「心外だな。俺は覗きなどしていない」


 嘘だ! と思った。

 しかし、カラスは飛び散らなかった。


「じゃあ何をしていたの?」

「様子を探っていた」


 一般的にはそれを覗き行為と言います。


「クラウディアの様子を、な」


 ああ、そういうこと。


 藤村くんとクラウディアくん――本名を知らないからこう呼ぶしかない――は、昨日に口論したままお別れをしている。それが気になって、隣の教室を覗き込んでいたようだ。藤村くんは自分で設定した役を演じたまでで、それはクラウディアくんもそうなのだろう。


 売り言葉に買い言葉を言って気に病むくらいなら最初からやらなければいいのに、と正論を叩きつけてやりたいのを堪え、「頑張ってね」とだけ言い残し、つかさが待っている喫茶『ロンド』を目指した。



 * * *



 若干道に迷ったものの、喫茶ロンドに到着。ドアを開けると昨日のようにドアベルが小気味良い音を奏で、カウンターの奥で新聞を広げているマスターが入店したぼくを見て、「またお前か」食傷気味に呟いた。

 

「お前さんの連れなら昨日の席でコーヒーを飲んで暇してるぞ。つーか、ここは学生の溜まり場じゃねえんだけどなぁ」

「すみません。でも、ここがいいって言うものだから」

「別に謝る必要はねーよ。金さえ置いてってくれれば誰だってお客様だ」


 ほら、何を飲むんだ? と訊ねてきたマスターにアイスコーヒーを注文して席に座った。


「やあ。遅かったね」

「ちょっと道に迷っちゃって」

「それなら連絡をくれれば……ああ、連絡先を交換していなかったね」


 つかさはスラックスのポケットに手を入れてスマホを取り出し、手慣れた操作でメッセージアプリのQRコードを表示させると、テーブルを滑らせるようにしてぼくの手元にスマホを寄越した。


 ぼくはつかさのスマホ画面に表示されたコードを、アプリのカメラで読み取る。(むく)(えのき)(つかさ)の名前と椋の葉を模したカフェアートのコーヒーアイコンが登録された。なるほど。このアイコンならば、つかさの性別がどちらなのかの判断材料にはできそうもない。


「登録したよ。――それで、話って何?」


 お待ちどうさん、とマスターが運んできたアイスコーヒーを一口飲んで本題に入った。今日(きょう)()、そればかり気になって授業に集中できなかったのだ。これ以上は待てない。


「昨日、ともえがこの店で言ったことだよ」


 まあ、それしかないか。


 つかさが先に入店して注文したアイスコーヒーは、氷が溶けて水とコーヒーが分離していた。一口は飲んだであろうストローの先が平べったくなっている。男だからと言ってもストローを噛む癖がある男性は少なく、これはつかさ本来の、素の癖に違いない。


「友だちからって、ともえは言ったよね。それってどういう意味なのかなって今までずっと考えてたんだ」

「うん」

「ともえは恋人が欲しかったの? それで私を選んでくれたのかな」


 今のつかさは『彼』である。

 しかし、裏側には『彼女』も存在している。

 ぼくはこう見えても男性だ。

 年頃の男子高校生で、願わくば彼女が欲しいとは思う。

 でも、彼氏が欲しいわけじゃない。


 つかさの容姿は中性的で、男子の格好をすればミステリアスな色男。反転、女子の格好をすれば野原に一輪咲く花のようである。つかさを彼女として迎え入れられたならと俗な想像しなかったわけじゃないけど、それはつかさの本意ではない気がした。


 本心を言えば、どちらの性別でも受け入れてくれる相手こそが好ましいのだろう。で、それを確認するべくこの場を設けたのだ。ぼくがどう答えようとも受け入れる覚悟を以って――。



 

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