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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
15/82

#15 二人は向き合い、そして彼は間違える


 つかさの思惑なんて見当も付かないけれど、「続けて」と言われてしまったら続けるしかない。


 さてどう続けようかとここまでを振り返り、そこにヒントが隠されているのではないか、と考えた。


「注目されたくなかったんじゃないのかな。多分」


 つかさほどの容姿であれば、他人の目を引きやすいのは当然である。だからこそ、人目を憚りたかったのではないか? 人目を引く大胆な行動をしておいて変な話ではあるが、つかさ自身は()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃ()()()とぼくは考えた。


 きっと、真意はそこにあるのだろう。


 印象に残るほどの強い衝撃を毎日与え続ければ、非常識は日常へと回帰する。迷惑行為を毎日のように行っていると、それこそがその人のアイデンティティになり得るように――だけど、その方法は諸刃の剣でもある。


 連日のように他者へインパクトを与え続けるのは、逆風に立ち向かうのと同義だ。波風を立て続けた分だけ、聴衆の目はその本人に向けられる。


 つかさの場合、デリケートな問題でもあるから、その苦労は激痛になっていてもおかしくはない。オトコオンナと蔑まれたぼくでさえそうだったんだ。つかさだけが特別ということもないはず。


「帰る際にぼくを誘わなかったのは……いや、入学式の日、隣の席に招き入れたのも、あわよくば、ぼくを隠れ蓑にしようと思ったからとか」


 だとしても、ぼくは構わなかった。


 つかさは格好いいし、綺麗だし、可愛い。そんな人を間近で見られるのは光栄だ。それに、あわよくばと考えていたのはぼくも同じで、今だって『あわよくば』と思っている。


「この店だって行き当たりばったりで見つけたわけじゃなくて、事前に調べていたんじゃない? このお店、穴場がすぎるもの」


 店主の視線を横から感じたけれど、気づかない振りを貫いた。


「ぼくを階段下で待ち伏せしてたのだって、教室で声を掛けたら変な噂を立てられそうだって思ったからじゃない? ぼくと席が隣ってだけでも注目の的だもんね」


 こんなところだろうか、と終わりの意味を込めてコーヒーを一口啜る。


 冷めたコーヒーは苦味が増して、より大人(ビター)な味わいだ。温かいままではわからなかったけれど――なるほど。これは確かに、酸味が深い。


「なんだ。全部バレてたの」

「バレてたわけじゃないよ。そうじゃないかな? って疑問を整理して口にしただけ」

「でも、探偵が推理を披露しているみたで格好よかった」

「それもこれも、全部つかさのせいだからね」


 なんで? と首を傾げるつかさに、「そういうことだ」と全然理由になってない強引な答えを言い放ってやった。



 * * *



「ともえは私の性別が気になる?」

「え」

「気になるからここまで着いていたのかなって」


 気にならないと言えば嘘になる。

 彼なのか、彼女なのか。

 くんなのか、さんなのか。


 知りたいけれど、それを口にしてはいけない気がしていた。


 ぼくだって自分の性別を間違えられるのは嫌で、可能な限りは男だと主張している。冗談と思われたりすることも多々あるのだが、それはそれで仕方がないと割り切っていた。


 無論、不服ではある。


 つかさはどうなのだろう。彼でもあり、彼女でもあり、くんでもあってさんでもあるつかさは、性別に囚われるのを良しとするだろうか。


 それを自分の口から言わせるのは、喉に刺さった魚の骨を吐き出すよりも苦痛を伴う行為ではないのだろうか。その骨が鰻だったらまだマシで、鯛の骨だったら激痛どころの騒ぎじゃない――。


「つかさは自分の性別を知ってほしいの?」

「……」


 沈黙、それこそが答えだろう。


 つかさは、自分の性別を伝えるべきだって考えている。でもそれは、生まれてきた性別を認めなければならないのと同じで、真っ向から抗い続けてきた日々を否定することにもなるだろう。


 そんな残酷なこと、ぼくにはできない。自分の身に置き換えれば、見た目だけで女性だと認めろってことだ。――嫌だね。真っ平だ。


「つかさは、性別『つかさ』でいいんじゃないかな」

「せいべつ、つかさ……」


 ぼくの言葉を噛み締めるように、つかさは繰り返した。


「それに、性別で友だちになるかどうかを判断するのっておかしいよ。男性でも、女性でも、どちらでもなくたって別にいいじゃん。――だから」


 その先を言うのは、とても勇気が必要だ。


 本来であれば、敢えて言明せず、なあなあにしていいこと。適当に時間を一緒に過ごしていればいいだけ。それが人間関係の根本でもある。


 無理して明言しなくてもいいことだとしても、そういうものだって片付けたら駄目だ。


「だからさ。その、友だちからよろしくお願いします」


 言った瞬間に後悔した。うわああああ、とも思った。ここぞという場面で言葉選びを間違えるなんて! 恥ずかしいのと情けない感情が入り交じった複雑な心境で前を向けず、テーブルの中央辺りを凝視。


 ぎゅっと目を閉じればこの空間から自分という存在を消せないだろうか。と、試しに実行してみる。ところどころにまだら模様が見えた。何なんだろうな、この現象。小学生の頃から気になっている。


 反応は? 恐る恐る目を開き、つかさの様子を窺ってみると、つかさはつかさで目を伏せて、両手を足に挟んでもじもじしていた。どうしてこう仕草が一々可愛いんだろう。これも一重に努力の賜物だろうか。


 もじもじしているつかさと目が合って、恥ずかしさが頂点に達した。へそで茶を沸かすって例えは、怒ったときに使う慣用句。じゃあ、この場合は、顔から火が出るが正解? 火は出ないよな。ついでにへそで茶を沸かすことも不可能だ。もじもじ。


 そろそろ本当に限界だった。緊張と、羞恥心と、愛しさとか切なさも取り敢えず混ぜてみた感じの混沌がぼくを襲う。


 まだ黙りを決めるつもりなの? 水を向けるようにつかさを見遣ると、つかさは何かを決心したように小さく息を吐いた。


「……うん。こちらこそ、よろしくね」


 恥ずかしそうに微笑むつかさはやっぱり可愛いくて、これはこれでよかったんじゃないかと思えてきた。ついさっきまで穴があったら入りたいモードだったのに、ぼくも現金なやつだ。


「おめっとさん。こいつはサービスだ」


 仏頂面な店主が朗らかな表情を浮かべてパウンドケーキを二皿持ってきて、「お幸せに」と去っていく。


 お幸せにってどういうこと?


 もしかしてぼく何かやっちゃいました? などと無自覚系異世界ラノベ主人公よろしく無自覚を発揮してみたが、先程の発言を顧みて、そりゃあそう受け取られてもおかしくないなぁ!? と、また顔が熱くなった。火ーっ。


「マスターさん、いいひとね」

「そ、そう、だ、ね」


 いいひとだけど、いいひとなのだけれど、あの一言が状況にトドメを刺したとも言えるわけで、ぼくは「もうどうにでもなれ」とやけくそに、イチゴのソースがハートにデコレーションされているパウンドケーキを頬張った。


 いや、ほんとうに、どうしよう。



 

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