表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
13/82

#13 恐怖を感じない人間などいない


 地獄の階段を下り終えた先につかさが立っていた。


 誰かと待ち合わせでもしているのだろうか。待ち合わせの相手がぼくじゃないのは残念だけど、つかさの交友関係にああだこうだ言うのもおかしい。


 ここは気が付かなかった振りをして、スルーするのが正解だ。それに、つかさだって一日二日だけ顔を合わせた相手を友だちと認識していないだろう。ぼくだけがつかさを友だちだと思っていても、意味がないんだ。


「ちょっと、無視? ともえってば」


 そう言って、駆け足で追いかけてくるつかさはちょっぴり可愛いかった。クールだと思っていた相手が見せる意外な一面。しかもそれが美少女なのだ。男心を擽られるシチュエーションと言える。


「どうして無視するの? 待ってたのに」

「待ち合わせしてなかったし、先に帰ったのはつかさでしょ?」

「もしかして怒ってる?」


 ううん、と頭を振った。


 怒ってはいないけれども、少しくらい意地悪してみたい気もする。つかさの意外な一面をもっと見てみたいと思った。だけど、それをするにはやらなきゃいけないことがあって、ぼくとつかさはその工程を経ていなかった。


 悪ふざけ、意地悪、いたずら。どれも()()()()でこそ許される行為だ。そして、親しき仲にも礼儀ありである。


 親しき仲と自信を持って言えない以上は、どんな些細なことでも相手を不快にさせかねない。急いては事を仕損じる。地道にコツコツと積み上げるんだ。――得意分野のはずだろう?


「どうして何も言わずに教室を出ていったの?」


 声に出したのはただの事実確認。


 そこに怒りの感情はない。けれども、小匙摺り切り一杯ほどの寂しさはある。マイナスの感情は表に出さないのが礼儀だから、「しょうがないなぁ」みたいな顔をして尋ねた。


「大胆不敵に登場したのはいいけど、注目されすぎて驚いちゃって」

「居ても立っても居られなかった感じ?」

「他人にどう思われたって構わない。でも、平気ってわけじゃないよ」


 どんなに強靭なメンタルを持っていたとしても、他人の悪意は心に突き刺さる。たとえそれが悪意ではなくて、好奇心や興味本位からなるものであっても同じ。


「そんなつもりはなかった」と謝られても、言われた本人が傷ついていれば、相手を傷つけた事実はなくなったりしないのだから。


「怖かったんだね」

「怖かったけど後悔はしてないよ」

「凄いね」

「必要なことだもの」


 つかさのこういうところは、本当に格好いいと思う。



 * * *



 それからのぼくらは、どこを目指すでもなく薄ヶ丘の街をぶらぶらと歩いた。


 学校周辺には似たような作りの民家が並び、土地勘のないぼくとつかさは「ここ何処だろう」なんて笑いながら適当な角を曲がったり、直進したり、鉄棒しかない公園を見て「つまらない公園だね」と感想を言い合ったりした。


 鉄棒しかないのに『バランス公園』なんて名前が付いているのも変だ、と言ったつかさのコバルトブルーの双眸は、夕暮れの太陽を浴びてキラキラ輝いていた。


 大橋酒店の先を進むと見覚えのある交差点に出た。左にはススガク、右には薄ヶ丘駅が見える。――よし、と思った。


 人生初の()()()()を言うならこのタイミングしかない。


「どこかで、その……お茶、していかない?」

「いいね。でも、どうせなら穴場を見つけたいな」

「穴場って?」

「老齢のマスターがやってる純喫茶みたいなお店」


 駅前からススガクまでの道中に、飲食店は何軒かある。ただ、どの店もつかさが言う純喫茶とはほど遠い。「カフェチェーン店じゃ駄目なの?」と尋ねてみたが、頭を振るばかりで。どうせなら穴場を見つけたい、か。


 そんな店があるとすれば、大通りを挟んだ反対側だろうけれど――。


「ともえ、ここなんてどう?」

「うん?」


 スマホの画面に映し出されているのは、薄ヶ丘が住所の古そうな喫茶店。ぼくがあれこれ悩んでいる間にグルメサイトで検索したようだ。


 ログハウス風の外観で、屋根から煙突らしき物が飛び出している。グルメサイトユーザーが下した評価は、満点星三つ中の星二つと半分。まずまずの評価だ。


「ここから徒歩で五分くらいだし、行ってみない?」

「わかった。行ってみよ」


 了承すると、つかさのスマホが『ルート案内を開始します』と無機質な声で言った。



 歩道橋を渡って反対側へと進んでハンバーガー屋の横道を入れば、学生たちで賑わう表通りとは打って変わって閑散とした市街地である。そんな人通りの少ない路地の一角に喫茶『ロンド』はあった。


 車が三台駐まれる駐車スペースに車はなく、数台のママチャリと原付バイクが駐車場の横に設けられた駐輪場にあるのみ。


 店舗入口前にある木製階段の両端にはウェルカムフラワーが飾ってあって綺麗だが、そのせいで階段の道幅が狭く感じる。植木鉢を倒さないよう注意しながら階段を上がり、『OPEN』の表札が掛けられたドアのノブに手を掛けた。



 


【備考】

2022年4月26日……誤字報告箇所の修正を行いました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ