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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
12/82

#12 病は気からと言うけれど、彼の病は筋金入りである


 WOGとは『War(ワー) of(オブ) Grimoire(グリモワール)』の略称で、グリモワとも呼ばれている。四人一組、総勢五十組が幻想的な世界で駆け巡り、殺し合いをする三人称視点の大人気バトルロイヤルゲームだ。


 昨今のバトルロイヤルゲームが主に銃火器メインの中、このWOGは剣、魔法、弓などがメインとなる。『ファンタジーでバトロワやろうぜ』というコンセプトで作られたこのゲームは、リリース半年でバトロワゲームの覇権を掻っ攫っていった。


 何と言ってもキャラクターデザインがよい。魔法と弓がメインのエルフ、剣と剣技を扱えるヒューマン、魔法の壁で防御しつつ仲間を癒す天界人、コスパは悪いが広範囲魔法とリーチの長い槍を得意とするデーモンなど、キャラクターの特性と弱点をはっきりさせることで戦略の幅が広がり、パーティの組み方も千差万別だ。


 だが、ガチャシステムがいけない。


 基本的にはドロップする武具を駆使して戦うのだが、キャラクターにはそれぞれ『初期装備』という項目があり、それがガチャ要素の一つになっている。


 初期装備は使用回数がマップでドロップする武具よりも低めに設定されているけれども、レアリティが高くなるにつれて強度と威力が上がる。最高ランクの『アーティファクト』にもなれば、ドロップする武具よりも強いなんてこともある。


 それゆえに、「WOGは廃課金ゲーだ」と酷評する者も少なくない。――ぼくもその一人だったりする。だって課金したくないもん。


 一昨年、一週間もの超大型アップデートが入り、二十五対二十五の『クラン戦』が実装された。


 クラン戦で総合一位から五位までに入賞すると、運営から特別なクランアイコンが贈呈されるだけでなく、完全強化されたアーティファクトの武具もクラン戦のクラン貢献度によって貰えるため、WOGガチ勢は血眼になってクラン戦に挑むのだ。


「グリモワかぁ……」


 ゲーム名を聞いて、何となく事情は察した。


 対人戦がメインコンテンツになるゲームは、どうしてもプレイヤーの民度が悪くなる。暴言、煽り合いが当たり前の世界が藤村くんは嫌になったのだろう。繊細そうだし。


「言っておくが、俺がWOGを辞めたのは誹謗中傷が嫌だったからではない」

「え、違うの? グリモワは民度が低いで有名なのに?」

「今でこそ伝説と呼ばれているが、俺の地位は自分の力で勝ち取ったものじゃない」


 どういうこと? と聞く前に、藤村くんは遠くの空を見つめながら語り始めた。


「クソ雑魚職と言われていた天界人使いで無双するプレイヤーがいたんだ。あんな動き、誰も真似できやしない。プレイヤーがキャラクターに乗り移っているんじゃないかとさえ言われていたし、チート疑惑もあったが動画の検証で晴れた。大型アプデが入る前はソイツがランキング一位だったんだが、アプデが終わってランキングを見たら名前がなくなっていた。俺はソイツに一度も勝てずに一位の座になったんだ。納得できるわけがない」


 教室では無口なのに、饒舌である。


 万殺と呼ばれる刹那さんほどの猛者なら、自動的に一位になっても納得できないのも頷ける。頷けるけど、そこまで熱中しているゲームを引退してしまうほどショックだったのだろうか。万札を大量投資しているのに? どれくらい注ぎ込んだのか、課金額が気になるところ。


「ライバルだったの?」

「いいや」


 藤村くんは頭を振った。


「俺が一方的にリスペクトしていただけだ」

「片思いだったんだね」

「ああ。ソイツは誰とも組まないソロプレイヤーだった」

「名前は?」

「アスタリスク記号一つだけ。俺たちはそのまま『アスタリスク』と呼んでいたが、本来の読み方を知る者は存在しない。寡黙だったからな」


 それ、多分ぼくです……。



 * * *



 誰にでも黒歴史の一つや二つあるもので、ぼくの中学生時代はそれこそ暗黒だ。


 教室ではオトコオンナと蔑まれ、自分の居場所はゲームとネットの中にしかない。そんなぼくがグリモワにのめり込むのは自然な流れで、中学生だったぼくは無我夢中でグリモワをプレイした。


 最初はもう目も当てられてないほどコテンパンにやられた。


 開始一秒で範囲魔法を喰らったり、背後から刺されたり、キル数稼ぎに貢献してるのかってくらい酷いものだった。でも、課金はしたくない。


 架空世界にリアルマネーを投資できるほどの資金源があるはずもないだろう。だって中学生だよ? お小遣い全額使ったってガチャの結果はわからないのに、どうしてそんな余裕があるというのか。


 だから、廃課金勢に勝つにはどうしたらいいのか寝る間も惜しんで研究した。


 プロの動画を見たり、別ゲーの動きを取り入れたり、ゲームの理解度を深めるためにノベライズも読んだ。できることは全てやった。ノベライズ版は超が付くほどつまらなくて投げそうになったけど、我慢して読み切った。


 そうして行き着いたのは、クソ雑魚職と呼ばれていた『天界人』。いくらネットと言えど、画面の向こう側にいるのは人間である。


 ならば、回復も、防御も、全部自分でやるしかない。


 天界人はサポートがメインで、初期装備のレイピアでの攻撃力はヒューマンの半分も出ない代わりに、ヒューマンよりもDPS――一秒間に与える攻撃速度――高く、移動速度は種族ダントツだ。


 最初はヒットアンドアウェイ戦法を使ってみた。一撃与えて回避を繰り返せば、効率は悪いけれど勝てるはずだと。でも、個対複数を考えていなかったがために、退避した瞬間を狙って回復される場面が多く、この作戦はお蔵入りとなった。


 次に実行したのは安全マージンを確保しつつ、回復の隙を与えない戦法。相手の前をちょろちょろと動き回って撹乱する、通称『小蝿の舞』。


 だが、この戦法は元々プロプレイヤーが考案したもので、対策済みのプレイヤーが多く、よい成果をあげられずに終わった。


 それでも諦めずに研鑽と努力を創意工夫を積み重ねた結果、グリモワの掲示板で『天界人は使う人が使えば強い』と言わしめるまでに成長を遂げ、プレイヤー名『*』はランキング一位になったのである。


 しかし、事件は起きた。


 大型アップデート後、ぼくのアカウントが運営にBAN(バン)されたのだ。運営から送られたメールには『ゲームの規約違反』とあったが、ぼくはチート行為なんて一切していないし、『*はチーターではない』と他でもなくグリモワユーザーが証明してくれている。


 それなのにBANされた理由は、無課金で一位を取ってしまったのが運営的に不服だったに違いない。『課金しなくてもいい』を証明してしまったのだから、運営サイドも堪ったものではなかったのだろう。


 新しくアカウントを作り直そうと試みたけれど、ぼくのIPアドレスは永久BANを喰らって再登録もできず、ぼくのグリモワ人生は終焉を迎えたのであった。


 こんなこと、『*』をライバル視していた藤村くんに言えるはずがないだろう。というか、対戦相手の名前なんて一々覚えてなかったし、ランキングも順位だけしか見てなかった。


 でも、そうか。藤村くんはずっとぼくの下にいたのか。そう思うと藤村くんに好感を持てた。もしかすると、友だちになれるのではないか? なんて――。


「もしそのアスタリスクさんに会えたらどうする?」

「この鎖で締め殺し、肉を削ぎ落としてやる」


 ああ、やっぱり友だちにはなれそうもないや……。



 

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