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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
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#11 深淵を覗く者と、覗かれている者


 荻原さんの挨拶で締め括られたホームルームが終わると、「これからどうする?」って声が教室に飛び交った。


 駅前にはカラオケやカフェがあるため、そこで時間を潰して帰るススガク生徒が多い。一方で、ススガク側にある商店は、ススガクに近いにも拘らず話題に上がらない。


 個人的に『スーパーいなもり』と『にくのふじむら』は絶対に外せない店だけれど、都会に気触(かぶ)れたクラスメイトたちはハイカラ好きな模様である。


 そういえば、ここ数日は一人で帰っていたけれど、今日はつかさがいる。これは、念願の『ちょっとお茶していかない?』ができるかもしれない!


 と、心を弾ませて隣を見たら、さっきまで座っていたはずのつかさの姿はなく、教室にもいなかった。ちぇっ。なんだよ。帰るなら一言くらいくれてもいいのに。気配を消すのが上手すぎて忍者相当だってばさ。


「友だちだと思ってたのは勘違いだったのかな……」


 と小さく呟いて、そういえば友だちになる契約を結んでいないことに気づいた。


 二言三言言葉を交わせばオレとお前はもう親友! って柄でもないし、名前を言い合うだけの行為を自己紹介と呼べるだろうか。


 答えは否である。ちゃんと言葉になければ相手に伝わらないってよく聞くもんね! おかしいな? 何か違う気がする。


 センチメンタルな感情を引き摺りながら教室を出て、とぼとぼ正面玄関に向かう。すると玄関を出た辺りで、男子生徒が揉めていた。


 あれは、同じクラスの……ちょっと拗らせてる人だ。名前は藤村(けん)(ろう)だったかな。にくのふじむら繋がりで、彼の名前は覚えていた。


 揉めている相手に見覚えはない。別のクラスだろう。


「どうしてだ。どうしてクランに入らない!? キミがいれば鬼に金棒……いや、勇者に聖剣だと言うのに!」


 なんて言い回しだ! とツッコミたい気持ちを押し殺して、下駄箱の陰に隠れて様子を見守ることにする。面白そうだ、なんて理由じゃない。殴り合いになったら大変だからね。などと自分自身に言い訳をしても説得力がないのだが。


「俺はもう引退(しりぞ)いた身だ。ログインするつもりは毛頭ない」


 藤村くんの右手に巻き付けられた鎖がじゃらりと鳴った。なんで鎖を右手に巻き付けているのか気になるけれど、今は話の内容に集中、集中、しゅう、ちゅう……やっぱり気になるよあの鎖!


「何故そんなことを言える! キミだってもう戻れないところまできているはずだ!」


 戻れないところとは課金額で間違いないだろう。


 わかるわかる。課金が(かさ)むと飽きてもアンインストールできないよね。これまでの努力(かきん)が水の泡になるから勿体ないよね。ソシャゲあるあるすぎて泣けてきた。


 余談ではあるが、クランとはゲーム用語で『チーム』を表す。ゲームによってはギルドとも呼ばれ、同じ目的を掲げる者たちの俗称だ。


「そのステージにいるようでは、お前のクランは破滅の一途を辿るだろう」


 藤村くんの言葉を要約すると、「課金額が足りないので課金してガチャをぶん回してください」で大体あってると思う。何でぼくは通訳みたいな真似をしているんだろう?


「万殺の刹那ともあろう者が逃げるのか!」


 ああ、万札でぶん殴るって意味ね。それよりもプレイヤー名が刹那とは、また安直なネーミングセンスだ。それとも万札を使い切るのが刹那的に早いから? どっちだっていいよ!?


「俺には他にやることがあるってだけだ。――肉を削ぎ落とすって使命が、な」


 藤村くんの実家は、やっぱり『にくのふじむら』だったのか。そう考えると肉を削ぎ落とすって家業を手伝うって意味だよね? 凄いな、物は言いようだ。


「見損なったぞ刹那。もう何も言うまい……さらばだ!」


 そう捨て台詞を吐いて走り去ってゆく他クラスの生徒を見つめる藤村くんの背中が、どこか寂しげで泣いているうように見えた。


 殴り合いの喧嘩にならなかったのはよかったが、本当にこのままでいいのかとも考えてしまう。もっとお互いに歩み寄ることはできなかったのか――と。


「そこに隠れているのはわかっている。姿を現したらどうなんだ?」


 そんな馬鹿な、と僕は思った。


 藤村くんは一度たりともこちらを振り返りはしていないのにどうしてバレた? とはいえ、見つかっていたのならしょうがないと、お手上げ状態で下駄箱の陰から出た。


「……ほんとうにいたんだゴホンゴホン。しかし、気配を消すのが上手いな。俺でなければ気がつかなかっただろう。して、くのいち。俺に何か用か?」

「ぼく、男だから、せめて忍者って言ってほしいな。まあ、ぼくよりも優れた忍者はいるんだけど」


 つかさのことだ。


「そうか。あくまでも忍びと、そういうことだな」

「どういうこと!?」

「皆まで言うな」


 藤村くんの鎖が、ジャラリ――、と鳴る。


「聞いていたのだろう。ヤツとの会話を」

「うん。ごめん」

「口外はするな」


 しないけど……する人もいないし。


「あの人、追わなくていいの? 友だちでしょ?」

「構わん。どうせ明日には何食わぬ顔で登校してくる」

「でも、同じゲームをプレイしてたんじゃ……何のゲームか訊いても?」

「WOGだ」



 


 ここまで読んで頂きまして、誠にありがとうございます。ブクマ、評価なども励みになっております。これからもご愛読して下さると幸いです。


 by 瀬野 或

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