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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
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#10 美男子が美少女で、彼は彼女だった


 突如、女性の姿で登校したつかさに一年二組の面々は騒然としていた。


「そういえば、(むく)(えのき)くん……さん? のネームプレートって白だったよね」

「ああ、言われてみればそうだった」

「白ってどんな意味があったっけ」

「えーっと、性別が定まっていない的な感じのやつじゃね?」


 教室の彼方此方から困惑の声が聞こえてくる。初日にあれだけのインパクトを残した男子生徒が女子生徒として登場したのだから当然と言えば当然でも、周囲の反応がここまで露骨だといい空気とは言い難い。


 チャラーズの声がやたら耳に入ってくるけれど、中心人物の(なわ)(しろ)(きっ)()だけは話を振られても「別にいいんじゃん?」とだけ。コメントは控えているようだ。


 ギャルなのに常識人。いや、ギャルだから非常識だと思い込むのは偏見がすぎる。ギャルと言っても苗代桔花のような人もいるんだって改めなければ。


 渦中のつかさは堂々としていた。背筋を伸ばして凛と座る姿勢を見て、凄いな、と思った。ぼくがこんなに注目されたら臆してしまうだろう。


 多分、根本の思考回路が違うのかもしれない。


『お披露目』と称して女性の姿を他人に晒そうだなんて、常人は考えもしない。少なくともぼくはしないってだけで、常人とか言うのは過言かもしれないけど、どうなんだろう。


 でも、「早いほうがいい」は、そのとおりかもしれない。


 時間が経てばそれだけカミングアウトが難しくなる。ならばいっそのこと、どーん! と披露して、自分がどういう人間であるかを認知させてしまう。


 人間は良くも悪くも慣れてしまえる生き物だ。自分の生死が関わる重大な事件と常に隣り合わせであり続ければ、それを日常としてしまえるのも人間の適応力と言える。


 ならばこれも作戦の内なのか? と疑問に思った。


 本当にそうなのだろうか? 二限の社会の授業が終わるまでつかさの人となりを観察してみたけれど、本性を隠しているようには見えないし、計算高い要素もない。


 物事をはっきり言うタイプで、どことなくクールな印象。裏を返せば、他人にどう思われようが知ったこっちゃない、とも受け取れる性格だ。


 椋榎司とはいったい何者なのだろう。


 そればかり考えていて、ろくすっぽノートを取っていなかったことに気がついた。まあ、宿題もテストもないススガクで、ノートを取る重要性はほぼないのだが、授業に追いつけないのはそれはそれで退屈である。特に数学、英語、化学の授業は理解度が足りないと眠くなっていけない。


「つかさ、悪いんだけどノート見せてもらってもいいかな」

「いいよ? でも、フフッ」

「なんで笑うの?」

「だって、授業も聞かずに私をガン見しすぎ」


 かーっと顔が熱くなる。


「誰だってそうなるよ」

「そういうもの?」

「そういうもの!」


 で、つかさのノートはというと、授業の要点を的確に纏めあげた百点満点のノートだった。


 もしこの学校にテストがあったら宝物だ。テスト前日に『椋榎ノート』が配布されてもおかしくない出来栄えである。紛れもない優等生。そしてぼくは劣等生。


 優等生と劣等生が隣同士の席って皮肉だ。どうしてこの学校にはテストがないんだろう。宝の持ち腐れ感が尋常じゃない。主にぼく。


「ノートは明日にでも返してくれればいいよ」

「家で復習しなくていいの?」

「自宅に持ち帰ってまで勉強したくない主義だから」

「おお、仕事ができる人間っぽい」


 なにそれ、とつかさは笑った。



 * * *



 お昼前の授業は担任の荻原さんが教える英語だった。帰国子女だけあって英語の発音が流暢で……ただ、ぼくらのレベルに合わせてくれているのだろうけれど、そのせいでのほほんとした雰囲気で緊張感が全くなく、気を抜けば寝てそまいそう。


 休み時間を利用して自販機で買ったブラックコーヒーがなければ即落ちていた。カフェイン万歳。というか、何人かは心地良さそうに寝ていたまである。注意しないのか。


「なんというか、ほんわかしたかわいい授業だったね」


 教室で食べたくないというぼくの我儘に乗っかり、「それなら」と案内してくれたつかさの『とっておきの場所』は、校舎裏にある破れた金網を抜けた裏山。


 明らかに私有地であるにも拘らず、この場所を発見した先代のススガク生たちが残していったであろう丸太の表面を削って仕上げた長椅子や、どこから持ってきたのか見当もつかない樽のテーブルなどが置いてある、秘密基地仕様の素敵広場だった。


「それもそうだけど、その前にツッコんでもいいかな」

「なに?」

「なんでこんな場所を知ってるの?」


 率直な疑問をぶつけてみると、つかさは手に持っていたサンドイッチをぱくっと食べてお茶を一口飲んでから、「教えてもらったの、元ススガク生に」と、まるで当然であるかのように言った。


「元ススガク生って?」

「兄だよ。女だけど」

「あ、そうなんだ」


 兄だけど姉ってところはツッコミずらいのでスルーするとして、兄弟? 兄妹? が元ススガク生徒であればこの場所を知っていても不思議ではない。もっと別の不思議があるけれども、そこには絶対に触れないでおこう。


「ここにある椅子やテーブルも、おにいさん? が持ち込んだの?」

「持ち込んだというか、選択授業で作ったんだって」

「ああ、木工の?」

「そうそう」


 ススガクの選択授業は専門的なものも多く、つかさのおにいさん? が授業で作ったこれらの家具もその授業で作成した作品のようだ。


「てことは、これら全て用意したのも」

「兄だね。今は家具屋を営んでる」

「営んでるって、開業したってこと?」

「そう。大学に通いながらインテリアデザイナーの資格を取ったりなんだり忙しなく動いているなって思ったら、いつの間にか手作り家具屋になってたの。面白いよね」


 面白いの一言で済ませるのもどうかと思うけれど、それだけ仲が良好だってことでもある。


 しかし、つかさだけに限らず椋榎家の謎は深まるばかりだ。こうして会話をしていても、つかさという人間が未知すぎて、どうリアクションしていいものかと悩んでしまう。


 不思議ちゃんタイプでもなければ天然というほどでもなく――規格外って言葉が脳裏に浮かんで、「これだ!」と合点が入った。




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