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ベレーナ・ターン6

 

 ローゼンハイン家の国境付近に近いフェールの館、と言うよりは古城の別邸。

 そこにベレーナはほぼ一人で乗り込んだ。


 ろくな伴もつけずに家を飛び出してきたといえば良いのか何なのか……。


  

「お嬢様!良いですか?いくら強行突破と言われたって、わたくし嫌ですよ?帰りましょうよ。お嬢様!?」


 侍女のマリが、来た早々騒いでいる。

 と言うよりは泣いている、と言うのが正しいかしら?


「良い?わたくしは絶対に帰らないわよ?お父様がいくら言ったって帰りませんわ!そんなに帰りたいなら返したあげようか?」

「……お嬢様はひどいですね。良いです。それにユニスさんもいるのにわたくしだけ帰れないでしょう……」

「何よ。ユニスを連れて行くって言ったら、マリが着いてくるって言ったんでしょう?つべこべ言わないで久しぶりの領地を満喫しましょう?」

「…………はい。そうですね。満喫できるだけの時間があるなら、ですがね。家出してきたお嬢様?大丈夫だったのですか?置き手紙だけで」


 マリはしょんぼりとうつむいた。

 ―――まあ、満喫できるようなことは無いでしょうけど。せめて、マリくらいは休ませて上げてもねえ。でも、そんな休んでいる暇は無いでしょうけど。

 でも、"理由があって行ってください"と無理を言ったのは誰だったかしら?


   *   *   *


「ベレーナ!会ってみたらどうなのだ?部屋にこもりっきりで、失礼だとは思わないのか?せめて手紙を送ったりしたらどうなんだ」


 お父様はやけに疲労を溜め込んだ顔でお説教を始めた。


「だから、わたくし会いませんし手紙なんか送りません。それが失礼だと思うなら早めに断ったらどうなのですか?」

「外聞が悪いだろう。お前も気づいていると思うが情勢が良くない。弱みで付け込まれるようなことは出来ないんだ」

「わたくしが婚約者を見つけてきて、公子が婚約者を連れてきたら?」

「外聞が悪いだろうが!何を考えている……」


 お父様は溜息を付き、こめかみを抑えた。

 家の書斎には相変わらず仕事の書類が積み重なっていた。


「何を考えてもいいでしょう?()()()、お父様が決めるのでしょうから」

「決められたら嫌なのならば、自分で決めればよかっただろうが」

 

 その時間をろくに与えずに決めてしまったのは誰でしょうか。


「良いか?これからの社交界での立場も有るんだ。自由にできないのは仕方が無いだろうが!」

「仕方がない?それが親から子へのふさわしい言葉の使い方とは思えませんわ。良いです。もうお父様のことはわたくし知りません」

「ベレーナ。どうする気だ?」

「わたくしがどうしてもお父様には関係ないでしょう?」

「ベレーナ!」

「ふんっ。わたくしのことです。お父様には関係ありませんよ」


 怒るだけ怒って、いつもどおりお父様の書斎の扉を勢いよく開けて出て閉める。

 ちょうど用があったらしい兄様が口をあんぐり開けていたけれど、今のわたくしにはお兄様のことなんてまったくもって関係ない。


 わたくしが行かなきゃいけない先は一つである。

 それこそが―――カリンの部屋。


 淑女教育だって立派に受け、先生のお墨付きだがそんな事は今の非常自体に関係ない。そう、わたくしは淑女らしくなく廊下をほぼ小走りでカリンの部屋まで急いだ。



「ああ、レナ姉さま?―――随分と早かったのね」


 しかしながら、わたくしが扉を開けて入ると、のほほんとした様子で開口一番こういった。


「もう、カリン。レナなんて愛称、使わないでくださるかしら?貴女の言い分通り、やってあげましたよ?このレナ姉さまがね。さ、これで貸いちよね」

「レナ姉さま。ええ、借りいちよ。その借り、ちゃんと見返りを持って返しますわよ。で、行ってくださるの?」


 カリンはやけに好奇心と期待の詰まった瞳でわたくしを見つめてきた。


「今のわたくしに、拒否権はあるのかしらね。一年前に、貴女に作った貸し、返してもらっていないからお互いさまかしら?」

「ふふっ、そうおっしゃると思ってたわ。で、答えは?姉さまにとって悪いことでも無いはずよ?」


 人を騙すのも、乗せるのも貴族に必要なことである。しかし、それに少なからず不満を覚えるものは少なくない、そうわたくしは考えている。

 しかしながら、自分の妹が悪役らしく笑っているのを見るのは、気分が良いものでは無いと思った。


「ええ、そうよ。といううかね、もうお父様に言ってしまったのよ。いつものあれよ」

「まぁ、姉さま。本当に早かったのね。じゃあ答えは?」

「―――了解よ」


 わたくしは溜めていた息をはいた。


「ありがとう、レナ……姉さま。すぐに追っかけるからね。ああ、冬は大変よ。あそこ」

「それくらい大丈夫よ」

「姉さまが大丈夫でもついていく人は?」


 自分はむちゃなくせに、人のことは心配するカリンは何ともお母さまににていると思う。


「それを言うなら、カリンが乗り込んだお城だって、ユリアがついて行ったのでしょう?」

「うっ」


 顔をしかめて変な声を上げるカリン。そこにあったのは悔しさか、不満か。おそらく後者だろう。


「じゃあ、わたくし行くわね。しばらく、よろしくお願いするわよ」

「ええ、こちらこそ」


私達は何かを確認した。――お互いの顔に。確かに頷き合うと、カリンは部屋の奥に、わたくしはカリンの部屋をあとにした。

 さようなら、と言ってから。


 その時見た、カリンの寂しそうな、悔しそうな微笑みをわたしはこれから忘れられることは無いだろう、と思ったりしながら。




「本当に置き手紙だけで出ていくつもりですか?お嬢様」


 ユニスは我関せず、とまでは行かないまでもただ黙っていてくれた。……わたくしの旅行用の荷物を準備しながら。

 問題はこのうるさい侍女、マリである。


「ええ。そのつもりよ。どちらかと言うとね、置き手紙だけのほうが役に立つはずよ」


 ――お父様は怒るだろうけど。


「で、だからといってあの何も無いフェールの方の古城に行かなくてもいいじゃないですか!あそこは今雪の中ですよ?どうするんですか?」

「どうするもないわよ。行くのよ。マリが行きたくないんだったらわたくし一人で行くけど?」

「……良いです。行きます。お嬢様を一人にできるわけ無いじゃないですか」

「あら、そう?」


 わたくしはニッコリ笑った。



 こうしてこの日の夜遅く、一通の手紙を部屋に置きベレーナは王都の屋敷を出た。

 その後その手紙でアルフレッドが怒るのは言うまでも無いだろう。




今日もありがとうございました!

ちょこっとですね。

一応書いたので上げときます。

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