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ベレーナ・ターン 5




 ユリアがカリンの部屋に行って良いです、と言った前にちょっとひと騒動あって、私達は走ろうとして……、父と母が立っていた。


 そして隣でボソッとカテールが言った。


「寄りにもよって、なぜ今なんだ。めんどくさい人が揃いも揃って……」


 うん、同感、って、それ言っちゃいけなかったのでは?兄様。


「同感だ、兄上。珍しく気が合うな」


 って、セロシア兄様まで。どうしたものかしらね。義母様に聞こえていたらどうするつもりかしら。



「あなた達、そんなに走られると響きますわよ」

「はい、母上」

 案の定、母はお怒りモードらしい。なんでかって?それはストレスの問題かしら。

 ……言っちゃ悪いのだけれど、暇なんだろうな。多分。


 そんな怒りモードを感じ取ったのか、執事のブラントさんがなだめるように言った。


「奥様、旦那様もお待ちしておりますし、せっかくお坊ちゃま方が揃っていられるのです。そろそろ移動したほうがよろしいかと」

「ええ、わかりましたわ」

 案の定、あっさり義母様は気がそれたらしい。


 私達は揃って感謝の意を目で送った。

 そうしたら、……苦笑していた。しかし、それだけでは終わらないのがブラントさんだ。


「カテールお坊ちゃま、旦那様が執務室で呼んでおります。後で行ってくださいませ。それとセロシアお坊ちゃま、後で奥様からお話があるそうです」


 心底嫌そうにする二人。まぁ、気持ちは分からなくもないけれどね。愚痴とか愚痴につきあわされる羽目になるんだもの。……私ではなくて良かったわね。

 そんな事を考えているのがバレたのか軽く睨まれた。はぁ、まあ、ごめんなさい。なんというか。でも、父や母を睨んだらどうなのですか?



 そんな事をやっている前に、実はひと騒動があった。


 うるさい兄様が帰ってくるまでは、怒りをぶちまけないで済んだのだが……。




「いや、ベレーナはのんきでいいな」

「なんですって?」

「おい、うるさいぞ。落ち着けって。病人がいるのになんだ」


 ああっ、もう、うるさいの!


「ベレーナ!」


 私、声に出していたかしら。


「そんな心配ならもっと早く帰ってくることできないわけ!?」

 そうしたら、兄様も段々と怒った口調になってきた。


「いや、いつもより二時間も早く帰って来たんだが。一体何なんだ、兄に向かって!」

「はい?情のない人の妹になった覚えは無いわよ!」

「はい、落ち着けって。いつもより早く帰って来たのは事実だし、心配しているのも事実だろう?」


 それは事実だったのだが、今の私にはそれを肯定できる精神を持っていなかった。

 だいたい、いつもいつも落ち着けと言っているカテールの話なんか聞きたくもなかった。


「心配しているなら、どうしてカリンの縁談が来た時にお父様を説得できなかったのよ!普通するもんでしょう!だからカリンが倒れたって言うのに!」


 自分でも結構矛盾していたな、と後になって密かに赤面したのは他の人には秘密にしておくことにしよう、と心に固く誓った。とにかく兄は私の矛盾していた痛いところをついてきた。


「いや、説得している最中だったんだ、父上を。だいたい、ベレーナが縁談を蹴らなければこんな事にはなっていなかっただろう?」


 眉間に皺を寄せて言ったセロシア兄様の言葉は、思いのほか静かだった。だから余計に怖かった。兄がそれほど怒っていたということが。


「そっ、それはそうかも知れないですけれど……。そんなことなら言ってくれればよかったのではないですか?」


 帰ってきたのは呆れた声。でも怒ってはいなかった。


「いったよ、ベレーナにね。でも、聞いてくれなかっただろう?ベレーナの気持ちもわかるんだ。けれど、公爵家だ。父上も色々と大変だろうな」

「それは……。ええ、そうだわよ。でも、わたくしの意見も聞いてくれなければでしょう?いくら公爵家といえども、意見くらいは聞いてもらえるべきではないの?」


 しばらく沈黙してから兄――セロシアは難しい顔をした。


「そうだね。そうかも知れない。けれど――でも、そうはいかなかった。ベレーナも分かっているだろう?今回は様子がおかしい、と。父上の話はもっと複雑だった。どうとはベレーナには言えないけれど、その所はベレーナも、フェリも知っていてほしいんだ。少なくとも、あまり首を突っ込んでほしくは無いな。まぁ、大きな問題さえ起こしてくれなければ良いのか……」


 兄は人生を悟ってしまった老人みたいにハァと溜息をついていった。兄は――分かって欲しいとは言わなかった。

 ――半ば諦めていたのかもしれない。しかし、その眼差しは兄そのものだった。



「お前も大変だな、セロシア。ベレーナも、大変かと言ったら大変だろうな。いや、俺としては公爵家の皆が大きな問題なく過ごしていくことが大切だと思うけれど」


 その静寂を打ち破ったのがカテール兄様だった。勿論、口元に浮かべた意地の悪い笑みのまま、やっぱり兄らしいことを言った。嫡男としての。


「「いやいや!」」

「えっ?」

「だいたい兄様、どっちつかずと言うか、何というか、ムカつくのよ。その態度」

「べレーナと同感です、兄上。もう少し、父の話を聞いてくださってもいいではないですか」


 二人揃ってこれみよがしに兄のことを責める。案の定、兄は慌てたらしい。


「いや、そんなこと言っても、こうは見えても仕事はしているぞ」

「そうですか。セロシア兄様は置いておいて、カリンのことを気に掛けるとか、そういう事はできなかったわけ?」

 みんなが黙ってしまった時、後ろから声がした。


「お姉ちゃま?」

「「「スカーレット……」」」


 そこにいたのは我がローゼンハイン家の末娘、スカーレットだった。多分、事情があって使用人も話してはいない。カリンのことを。だから、喧嘩は置いておいて、カリンのことを聞かれたらまずいのだ。


「どうしたの?お兄ちゃままで固まって。私来ちゃいけなかったの?」


 目をうるうるさせて言うスカーレットは可愛らしかったが。そういうことじゃなくて、泣き出されたらまずいじゃないの。

 一番最初に行動したのはセロシア兄様だった。スカーレットのことをひょいと抱き上げると諭すように言った。


「違うんだ。来てよかったんだよ。兄様たちは、ちょこっと難しい話をしていただけなんだ」

「むずかしい話?」


 顔をキョトンとさせてオウム返しするスカーレットはとてもかわいい。ただ、少しばかり苛ついているみたい。セロシア兄様は。

 あんなに可愛い子を抱っこして苛つくって、相当苛ついているのね。……何にかしら。


「お坊ちゃま、そんな事は私達がやりますので!」


 後ろから聞こえてきたのは叫び声。乳母のアリアはほとんど叫んでいる。まぁ、子供のお世話は使用人がやるもんだって、考えが浸透しているからな。使用人の間では。


「いやだ、お兄ちゃまといる!」

 案の定、スカーレットは離れようともしなかった。


「スカーレット、兄様を困らせては駄目よ。それからね、大人になるとね、話せない話も増えてくるもんなのよ」

「ふ〜ん。そうなんだ。でね、カリンお姉ちゃまがどうかしたの?」

「……!」

 どうやらバッチリ聞こえていたらしい。この子も好奇心が旺盛なところがあるからな。やっぱり兄妹なのよね。


「そ、それは、カリンが疲れて上で寝ている、それだけだ」

「ねている?」

「そう、寝ているんだ。だから静かにしてようね」

「うん!」


 そう言うと駆け足でどっかに行ってしまった。


「ハァ……」

 三人で一斉にため息を付いた。安堵の方のだ。


「スカーレットは良いとして、他の子は事情をしっているの?」

「いや、話していない」

「そう……」


 多分、父の判断だろうな、と思う。それは良いとして。


「カリンが寝ている、起きないからこうなっているんでしょう?よくのんきに言えるわねぇ」

「だからそれをスカーレットに言うのかい?ベレーナは」

「それは、も、もういいですわ!」

「ベレーナ!」


 その後、やっと時を見計らっていたようにユリアがカリンの部屋に行っていいですと言ってから、義母様の攻撃があって、カリンの部屋に一緒に行き、追い返されて自分の部屋に戻ってきた。


「なんだか、最近騒がしい一日だなぁ。嫌になっちゃうわ」

 そう言っても誰も答えてくれる人はいないのだけれどね。



 しばらくして、カリンが元気になったと聞いたものの、なんだか心配で落ち着かない日々を過ごしていた。

 考え事に更けているものの、時々思い出すことがある。


『ベレーナ、俺のことを待ってて……?……いや、変なこと言った。忘れてくれ。もう、俺のことは…‥』


 という、甘ったるい声と、少し切なげなあの表情。どうしたものかしらね。……そのうち分かるかしら。


『ベレーナ、……悪かった』

 確かにあの時、そう言い残して彼は去っていったわよね。何なのかしら。


 ああ!もう!ほんとにはっきりしてほしいわ!はっきりしてくれないなら私がはっきりさせてやるんだから!




 そう意気込んでいたのもつかの間、父から呼び出しがあった。

 仕方ないから父の書斎に言った。多分、よっぽど大切な話なんだろうな。嫌だわよ、父の話なんて!でも、ココ最近、あの話がなかったからまとめて言うんだろうな。

 案の定、父はとても難しい顔をして書斎の机に座っていた。


「ベレーナです。入りますわ」


 何かと身構えていると、父の低い声が聞こえた。そして、それは予想はしていたがかなり認めたくないことだった。


「ベレーナ、反論は認めないぞ。良いか、よく聞くのだ」

「はい、何でしょうか?」

「ベレーナ、アルテンブルク家に嫁ぐんだ。いいか、反論は認めないからな。これまでさんざんしてきただろう!」

「はい?」


 お父様がここまで命令形で言うのは珍しいような気がするけれど、実の父なのに娘の意見を聞かないっていうのはどうかと思うわよ!


「だから、お前はアルテンブルク家の嫡男に嫁ぐんだ!たしか、同年代だったはずだぞ!こればかりは絶対に覆らないからな!」

「はい?いつそんな事を言っていましたか?わたくし断りましたわよ!なのになんで……」


 アルテンブルク家の嫡男とは確かに面識がある。しかし、話が出た時に確かに断ったはずよ。なのに決めてしまうなんて……、はい、普通です。

 でも、いくら政略結婚といえども、一つの公爵家、つまりローゼンハイン家(うち)がこれ以上権力を持つような事になって他の貴族たちは黙っているのかしら。父が宰相をやっているのに、これ以上の権力があったら国としてまずいとおもうのだけれど……。


 そんな私の表情を読み取った父は言った。


「いや、嫁ぐんだ。一応婚約期間を設けるからその後だぞ、結婚は。それでなのだが、普通はこんなに公爵家に嫁がないのだ。それも、実権を持っている公爵家にな。しかし、お前たちの母――キャサリンはこの国の王女だった。それがヒントだ。――とにかく決まった話だから。覆らないぞ」


 そう言われると断るすべもなく、頭を垂れて返事をした。


「わかりましたわ。すれば良いんでしょう、すれば」

「ベレーナ!」


 そう言うと父の書斎を飛び出した。




 しかし、私の部屋には先客の兄がいた。セロシア兄様だ。……すごい迷惑なんですけれど、とは言わなかった。


「なんのよう?兄様」

「はい、手紙。それと、婚約決まった?」


 流石話が早い兄様。その表情は落ち着いていた。


「決まりましたわよ。強制的に。何か?」


 そう言うとクスクス笑い始めた。

「いや、婚約決まって良かったね、って。しかし、あのベレーナがな…‥」

「で、私をいじりに来たの?」

 さっきから何か話してくれるような気もするのだけれど。


「それなんだけど、父からなんか言われなかった?変なこと」

「言われたといえば……、何で公爵家なのかって話のこと?」


 そう、兄様はあの話を知ってそうな気もするのよね。なぜかって?それは、兄様たちが婚約者探しに奔走していたって聞いたからね。


「そう、そのことだ。つまりね、その話は今話題なんだ。それは――うちの公爵家の血、というよりはお母様の血がほしいんだ、みんなね」

「つまり、王家の血って言うこと?」


 兄様は真剣な顔になって話し始めた。


「そう、母――キャサリン母様は王家の人間だ。いま、王家と繋がりが深いのはうち――ローゼンハイン家だ。その血が他のところに行ったらどうなると思う?」

「えっと、家と王家の繋がりが弱くなる?」


「……そうだね、それもあるね。だけど、王家の血、つまり王家との繋がりは、どんな貴族でも欲しがる宝物みたいなものなんだ。貴族はその血を欲する。だから変な貴族も多い。そんな中で公爵家――実権を握っている公爵家は変な公爵家では無い。そして、その公爵家は王家との繋がりも深くなる」


「それが政略結婚なわけ?」

「そして、うちの権力も少なくなる。バランス的にね。だから貴族はこの結婚を押している。誰もが良いことばかりと思っているんだ。当事者以外はね」


 お兄様は少し寂しそうにしていた。気のせいでなければ……。そして、そんな事を考えていたなんてとても意外だった。


「つまり、私達以外はってこと?なんで兄様はそうなるのよ!政略結婚は置いておいて」

「いやいや、だから政略結婚なんだ。とにかく、僕が説明できるのはこれだけだ。いいか?」

「良いかって、それ以外の選択肢があるとでも?」


 軽く睨んで私は言った。


「いやいや、ベレーナなら見つけそうだな、って」


 案の定、兄様は軽く笑ってそう言うと、部屋を出ていった。

 その話はやけに心に残ったような気がした。


 私達が政略結婚をしなければいけない理由はうちの権力を少なくして三大公爵家といわれる公爵家のバランスを良くするため、そういうことだと思う。でも、どうしたら……。


 私は小さくため息をつくと手の中に視線を落とした。


 手に中には手紙。それは今は亡きお母様が残していった手紙であった。――お母様は自分が亡くなる死期を悟っていたと思う。だから、沢山の物を残していった。その一つが手紙だ。

 一つ疑問があるとすればお兄様は何故手紙を渡したのかということ。いつもは誕生日とか、入学祝いとかの時にしかもらわなかったのだけれど…‥。

 まぁ、とりあえず考えるより行動してみましょうね。


 私はその手紙をそっと開けた。



『ベレーナへ


 婚約おめでとう!あの小さくて意見がはっきりしていたベレーナの婚約というのは、信じられないような気がします。貴方の兄には貴女が婚約したら渡すように言付けを頼みました。きれいな大人になった貴女を見てみたかったです。


 さて、婚約というのはどうですか?私達の子だからきっと色々あることでしょうね。……その理由に私達のこともあるのです。迷惑をあなた達にかけることになってしまってごめんなさい。


 お母さまには、婚約話で色々縁談がありました。多分、ベレーナにもたくさんあったことでしょう。そして、それを片っ端から断っていたのです。そんな事がややあって、お母さまはお父さまと結婚しました。

 だからね、ベレーナにはいちばん大切な人と結婚してほしいの。結婚したらその先ずっと一緒に歩んでいくパートナーだからね。


 しかし、政略結婚のこともあると思います。お母さまの時は国と国をまたいでの話もありました。それが貴族に生まれた令嬢の行末かと言われると、お母さまは悲しくなります。そんなのは幸せでは無いと思います。だから、どんな事をしてでも大切な人を手に入れる覚悟ぐらいの意気込みでいたほうが良いです。


 わからないことがあったらジョセリンに聞いてください。多分、色々な話を教えてくれることでしょう。


 政略結婚が進んでいる中でお母さまはベレーナの気持ちと恋を応援して見守っています。どうか、諦めないでね。

 

 貴女のお父さまは不器用なだけなのよ。あなた達の兄さまも少しそうかしらね。お父さまは不器用なだけなの。感情や子供と接するのがね。そんな父親に小さい頃から貴女は全力でぶつかって行っていたわね。まぁ、親と喧嘩できるのも今のうちよ。大人になったらできないわね。


 婚約というのはお試し期間よ。お父さまだってそう考えて期間をつけているはず。大丈夫、あなた達でとびきりの案を見つけて実行して見なさい。それが、いい女ってものよ。本当に男はこういう時に情けないものね。困ってしまうわね。


 さて、ベレーナ。自分の足で自分のいちばん大切な人と一緒になりなさい。そして、必ず幸せになってください。私はそれを応援しています。

 

 ずっと、あなた達のことを見守っています。


 お母さまより』



 ちょっと、悲しくなって、そして嬉しかった。お母さまはお母さまだった。それがなんとも暖かくて嬉しかった。

 途中少し気になるところがあったけれど、これで私はやっと決心できた。そして、今もどこかで見ていてくれているのかな……。





 そして私はカリンに話を持ちかけた――。




読んでくださってありがとうございました!やっと十話目になります。


ブクマをしてくださった方、読んでくださった方、どうもありがとうございます!



ちなみに次回からカトリーナ目線に戻したいと思ってます。




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