ガゼル編 ~公子目線~
デゼルはよくもサイファを選んだものだよ。
闇主の仕事は公子でないときついのがふつうで、過去には自殺者も出ているほど。
そもそも、ただの公民が闇主に選ばれたのは初めてで、報酬をどうするか、私とマリベルで相談して、国家公務員の報酬体系をそのまま適用したんだけどね。
これまで、闇主には公子か貴族が選ばれてきたから、報酬は必要なかったんだ。
それで、何がそんなにきついのかって話だけれど。
闇巫女は公子と対等な地位にある。
だから、闇主が公子であれば、二人の時間はお互いにくつろげるんだけど。
闇主が貴族の令息だったりすると、闇巫女が上位になるから、公務中はもちろん二人の時間さえ、公務の続きになってしまうんだ。
死ぬまで、くつろげる時間もプライベートもないって、地獄だと思うよ。
それなのに、サイファはすごいな。
あの子、デゼルと一緒の時間をくつろいで過ごしてるんだよね。
サイファの身辺を調べさせて驚いたけど、デゼルって公務中でなければ、サイファを『サイファ様』と呼んでるらしくて、逆に、サイファの方がデゼルを呼び捨てにしているようなんだ。
サイファの影響か、クラスメイトや先生まで、デゼルを呼び捨てにしているようだし。
私を呼び捨てにするようなものなのに、おかしいって、誰も、気がつかないみたいなんだよね。
二人で過ごす時間、主従が逆転しているなら、サイファが闇主の仕事をつらく感じないとしても不思議はない。
まして、サイファには過失を恐れないところがあるからね。
サイファは間違えたり、失敗したりした時には、謝ればいいと考えているようで、『生涯に渡って、公民の道徳的規範となるような生活態度』を求められても、ものともしていない。
あの子は驚くほど、自然体で闇主をこなしているんだ。
ついでに、闇主は闇巫女と契った時に魅力が大きく上昇するから、やたらモテるようになるそうだけど、当然ながら、闇主の不義密通は死罪にあたる。
公妃の不義密通が死罪なのと同じことだから、公妃の待遇は酷くないけど闇主の待遇は酷いというのはフェアじゃない。それにも関わらず、このルールは貴公子たちに異様に恐れられていてね……。
そうなんだよね、闇主っていうのは要するに、公妃と同じ待遇なんだ。
闇主の待遇に耐えられず、自ら命を絶ってしまう貴公子が結構いることを考えたら、令嬢は強いよね。
公妃の待遇に耐えられず、自ら命を絶ってしまった令嬢の話なんて聞いたことがないよ。
闇主に要求される資質や行動規範は公子のそれにかぶる部分が多いから、その意味でも、公子が闇主を務めるのが理想的だと思われていたんだ。
文武両道に秀でることとか、公民の道徳的規範となるような生活態度とか、立ち居振る舞いの美しさから、風格や品位に至るまで。
結構きつい。
公子ならまだ、できていなくても公に非難されることは稀だけど、闇主や公妃ができていないと、かなり責められる。
この辺り、謝ればいいと思っているサイファは得な性格をしているんだよ。
デゼルは逆だね。
意味のある要求には、なんとかして応えないといけないと感じるようで、すごく、損な性格をしているんだ。
私はデゼルと年が近かったし、デゼルを愛しているから、当たり前に闇主になるつもりでいたのだけど。
サイファはほとんど奇跡だな。
ああいう子がデゼルの闇主になったことは、個人的には残念な反面、公国の存亡に関わる幸運だったと思う。
公国の滅亡を阻止するため、デゼルとサイファがこなした怒涛の仕事量は、公務のある私の立場ではこなせなかったはずのものだから。
それでも。
サイファでなく、私がデゼルの闇主になりたかったと思ってしまうのは。
私のたったひとつのわがままだから、秘密だよ。