お礼の手紙
今日は天気がいいから中庭でも散歩する?と(侍従を通して)フェシーから聞かれたのが今朝。
ぜひ、とやはり侍従を通じて返答を送り──お昼を少し過ぎたあたりでミアーネが言伝を届けに来た。
「お仕事が一段落ついたようですので、あと三十分ほどしたら庭園に向かわれるそうです。ユーリ様もお支度しちゃいましょうか!」
「支度ならもう終わってるわよ?朝してもらったもの。公務というわけではないのだし、これでもいいんじゃ──」
「甘い!甘いですわ!」
ミアーネは拳を握って力説した。
その勢いにやや押されながらも私はルデンの歴史書を閉じる。私はルデンの王太子妃として足りてないものが多すぎる。
未だ妃教育は継続してるものの、手が空いた時間は自習に励むようにしていた。
ミアーネはドレッサーへ座るよう促した。
「せっかくおふたりで庭園を散歩されるのでしょう?いわば、これはデートです!」
「デート?」
聞き馴染みのない言葉だ。
首を傾げてから、あ、そういえば以前どこかで聞いたわね、と思い出す。
確か、恋人同士がふたりの時間を楽しむことをデートと呼び、イチャイチャするのが城下の流行りなのだと、そうだわ。
以前訪れた孤児院で聞いたのだ。
要するに洗脳されていたガレットとアヤナが作り上げていた空気感のようなことを指すのだろう。
……私とフェシーが?
なんだか上手く想像ができなくて、変な顔になってしまう。ドレッサーの前に座ると、朝整えてもらったヘアセットを解かれ、ミアーネが髪を結い直してくれる。
「今の流行りは髪の半分をハーフアップにして、後れ毛は少し出して……あ、庭園に向かわれるならせっかくですからお花を合わせましょうか」
ミアーネに編み直される髪を見ながら私はデートかぁ、と再び考えた。
(……そう言われるとなんだか、落ち着かなくなるじゃない?)
***
その後、改めてヘアセットをしてもらった私は庭園へと向かった。
(そういえば、以前フェシーに庭園へ呼び出された時はアヤナとガレット王子が訪れている最中で)
「…………」
そうだ。しかもあの時、私は倒れたアヤナに巻き込まれて花壇に倒れ込んだのだった……。
月下の元、咲き誇る花たちは綺麗だったしまた改めてじっくり見て回りたいとも思ったけど、同時に消し去りたい過去まで思い出してしまった。もう花壇に突っ込むなんてことはごめんこうむりたい。
庭園に向かうと、東屋には既にフェシーがいた。
予定の時間よりも少し早いくらいだが、待たせてしまったようだ。
彼の対面の席に座り、綺麗な花園に囲まれながら紅茶を飲んだ。空は雲ひとつない青空が広がっていた。
季節の花や、社交界の話、近隣諸国の話などをいくつかしたあたりでふと、私は彼に言おうと思っていたことを思い出した。
「ひとつ、お願いがあるの」
「お願い?ユティが珍しいね、なに?」
彼は意外そうな顔をして、コップをソーサーに置いた。
「ビヴォアールで私が困っていた時に助けてくれたひとに、お礼の手紙を書こうと思っているんだけど……」
「助けてくれた人?……ああ、きみに花の知識を教えてくれたというミスター・ヒューリーのこと?」
フェシーには、私がビヴォアールで誘拐された時、誰に助けられどう行動したか話していた。
「ええ。それと、ミスターヒューリーを紹介してくれた方に」
「アヤナの暗殺計画を企てていたうちのひとりだっけ」
「彼のおかげで私は追っ手から逃れることが出来たのだし、ミスターヒューリーに出会うことも出来た。感謝しているわ」
グランがその後どうしているかは分からないが、あの時のお礼は伝えたいと思っていた。
とはいえ、私はルデンの王太子妃。そう簡単に他国に行くことなどできない。
特に今、ビヴォアールは変化の時期だ。私がビヴォアールに行くとなれば相応の歓迎は行わなければならないだろうし、ビヴォアール側に余計な労力をかけるわけにいかない。
そこで考えたのが、手紙を書く、ということだった。
「手紙は匿名で送ろうと思っていて……いいかしら」
私の素性が分からないように、でも感謝の言葉は伝えたい。そう思ってフェシーに尋ねたのだが、彼は紅茶を一口飲み、間を開けて言った。とても苦々しい顔である。
「グランはきみに髪を切るよう言った男だね?……ビヴォアールの一般市民がルデンの王太子妃へ無礼な物言いをし、あまつさえ髪を強制的に切らせた。常識的に考えれば国際問題にもなり得る問題だって言うのはユティも知っているよね?不敬罪または脅迫罪が適用されて、刑罰は終身刑──死刑も有り得る」
「それは」
確かにフェシーの言う通りだ。
彼、グランは私がルデンの王太子妃と知らないようだったが、それでも私にその行動を取らせたことは法的観点から見れば罪に当たるのだろう。
グランはルデンの王太子妃に髪を切るよう言った。覚悟を見せろ、と。
………でも。
だけど、それを受け入れ、自分から髪を切ったのは私だ。無理矢理髪を切らされたわけではない。
あの時、私には選択肢があった。
選択肢がある中で、私は選んだのだ。彼に信じてもらうためにはそうするべきだと思ったから、髪を切った。
私が、選んだのだ。
私は手をぎゅっと握ると顔を上げた。
未だ納得いってなさそうな顔をしているフェシーに言う。
「彼は私がルデンの王太子妃だって知らなかったわ」
「知らなかった、という言葉は罪を帳消しにする免罪符にはならない」
「ええ。……もしこれが明るみになれば、きっと許されないことなのでしょうね。もし、明るみになれば。でもこれは私とフェシーしか知らないことだもの。知らなければ、罰は与えられない。そうでしょう?」
私が誘拐され、グランに助けられたことを知るものはいない。そもそも公的には私は誘拐されたのではなく、ビヴォアールの城で養生していたことになっているのだから。
私の言葉にフェシーはますます納得がいかなそうな顔をした。
「あの選択肢は、私が選びとったものよ。あの時、髪を切ることを選んだのは私。確かに彼に言われたことかもしれないけど、髪を切らないというほかの選択肢があったのも事実だもの。でも私はそうするのではなく、自分で髪を切った。……自分で選んで行ったことだもの。彼に罪はないわ」
それに、グランはあの時『一房で良かったのに』とも言っていた。ばっさり髪を切ったのは私で、彼では無いのだ。
自分で行い行動した責任を誰かに払わせる、それだけはしたくなくて真っ直ぐフェシーを見て言った。




