ライラックの花言葉
私が首を傾げたのと同時。
フェシーがふわりと笑って言葉を続けた。
「ユティからピンクドロップを提供されてすぐ、まずはガレットに飲ませたんだ。ガレットがまともにならないと国が機能しない」
「そんなすぐに……」
私が眠れぬ夜を過ごしている間に、フェシーはガレットに接触して解毒薬を飲ませていたのね。
「ん?んんん?」
「ユティ?どうかした?」
「確か……ガレット王子による汚職摘発はその前だったわよね?あの時は彼、洗脳されたままだった、ということ?」
そう。男爵家で出会ったニケルはそんなことを言っていた。私がピンクドロップを採取してからガレットを解毒したというのなら、辻褄が合わない。私がそう言った疑問を込めてフェシーを見ると、フェシーは少し視線を逸らした様子で、おもむろに立ち上がった。
「どうかして?」
彼が向かった先は、衣装室。
そこからフェシーはガウンを片手に戻ってきた。寒かったのかしら?
「……夜は冷えるから、ガウンを着ようね。ユティ?」
「え?私そんな寒くな──」
「明日から五日、また馬車旅になる。五日は馬車で過ごさなければならないんだから、体を温めて、風邪ひかないようにしないとね」
半ば無理やりガウンを羽織らされる。
本当に寒くなどないのだけど……。
そう思いながらも袖を通していると、ふと自分の格好が目に入る。
(あ、ああ〜〜。そっか、そうよね)
寝る前にふさわしく、私の着ているものは夜着。
挑戦的なデザインではないけれど、フェシーと眠っていた時はバスローブを身につけていた。用意されていた夜着はとても着れたものではなかったので。
悪いことしてしまったわ……内心思いながら、大人しくガウンを羽織った。
こほん、とフェシーが咳払いをする。見ると、彼の頬も少し赤い。
「……僕は、ユティが無事であるということを前提に動いている、という話はしたよね」
「え、ええ」
「その間、僕も無為に過ごしていた訳では無い。アヤナに悟られないようにガレットと内々にコンタクトを取って、こちらで確認した不正にどう裁可を下すのか尋ねたんだ」
「それは──」
ルデンの王太子が、ビヴォアールの王太子に、ビヴォアールでの不正をどう対処するのか訪ねる。もちろん、分を超えた行いだけどフェシーはそれを聞かざるを得なかったのだろう。
私の逡巡に気づいた彼が、頷いた。
「ビヴォアールのことだから、ルデンの王太子である僕が首を突っ込むのは間違っている。だけど、ビヴォアール滞在中の短期間の中で、僕にまで報告が上がってくるような大きさの不正を、このままにしていられるとこちらとしても放っておくことはできない。ビヴォアールに今、内部崩壊を起こされては困るんだよ」
「……ガレット王子はそれに従って、いくつかの不正行為を摘発した、と?」
「うーん、ちょっと違うかな。ガレットは最初従わなかったし、僕がそこまで首を突っ込むことに警戒していた。だけど、誰かに洗脳されている人間は、動かすのも簡単なんだよ」
フェシーはそこで言葉を切って、口角を上げた。
「彼の信奉者の名前を出せばすぐだったよ」
「アヤナの──」
「このままでは、内部暴走が起きかねないことを説明し、あの妃にも被害が出るがそれでも構わないかと聞いた。──元々、あの女は反感を買っているから、内部暴走が起きたらまず狙われるのも彼女だ、と話したらガレットはすぐ行動したよ」
「そうだったのね……」
ガレット王子は元々優秀……と評判の王子だったのだから、やると決めたら動きは早かっただろう。どうりで、男爵令嬢の家でニケルと会った時、彼が困惑してると思った。
「……ピンクドロップのことを知っている人が全くいなかったのはどうしてなのかしら。禁花取締法に記されているくらい危険な花なのでしょう?情報を制限しているとはいえ、誰も知らなかった……というのは考えにくい気がして」
私の疑問にフェシーは「ああ、それ」と呟いた。
「詳細はガレットが調べるだろうけど、恐らく──情報を制限しすぎた結果、かもしれないね」
「制限しすぎた……?」
とはいえ、ミスターヒューリーは知っていたのだ。
彼は知っていて、現役の薬物師が知らないのは違和感がある。
私がそう思っていると、フェシーが続けた。
「詳しく調査を進めてみないことには何とも言えないけど、恐らく情報を知っている人間はまさかピンクドロップが使われているなんて思わなかったんじゃないかな。栽培が禁じられ、情報も制限されている花だ。何も知らない人間から見れば、ピンクドロップはただの花。情報を知っている人間のところまでアヤナの行動──『花を贈っていた』なんていう些細な報告は届いていなかったのかもしれないね」
「………」
確かにピンクドロップを知らない人から見たら、ただアヤナがせっせと男性に花束を贈っているだけのように見えだろう。
変に思うかもしれないが、不審に思うほどではない。花が好きなのかな?と思う程度。まさかその花に魅了の効果があるのかもしれない、とまでは考えないだろう。最初からアヤナを疑っていない限り。
納得していると、不意にフェシーの視線が突き刺さっていることに気がついた。疑問に思って顔を上げると、彼が言う。何か言いたげな顔だった。
「ユティはさ、彼女が僕に花束を渡した時……叩き落としたよね」
「………」
今更それを掘り返す〜〜!?
ちょっとやめてほしい。あれは私にとって消し去りたい過去なのだから。思わず言葉を失って、免罪符を探す私に、フェシーは追求の手を緩めない。
「あれ、花束に魅了の類があるのかもしれない、って思っていたからだよね」
「えーと……それは」
「今更逃げるのはなしだよ。ユティ」
そっと、フェシーが私の隣に座った。
フェシーと触れ合っている右の肩が熱を持つ。
「………お、」
「あと!王太子妃として、王太子が錯乱したら困るから、とかそういう理由もなし」
今まさにそう答えようとしていた私は先手を打たれてしまい、黙りこくるしかない。頬がじりじりと熱を持っていく。熱くなった頬を見られたくなくて、俯いた。
「……言って?」
「わかっていて聞いてません?」
「どうだろ。流石に、ひとの気持ちまでは分からないよ」
「…………」
長い、長い沈黙の後。
私は降参するしかなかった。変わらず顔を俯かせて、彼の視線から逃げながらも観念する。
「嫌だったんです。フェシーが、アヤナから花束を貰うのは。あの時は私もびっくりしたのよ。考えるより先に、はたき落としてしまったのだから」
「……うん」
「その時は、なぜそうしたのか。なぜ嫌だったのかわからなかった。理由を、考えようとも思わなかったわ。だけど、ライラックの花言葉を偶然知って、その言葉がぴったり当てはまった、気がしたの」
「え、ライラックの花言葉?」
まさか、フェシーもライラックの花言葉がきっかけだとは思わなかったのだろう。目を丸くしている。
「恋の──芽生え、らしいわよ?」




