また後で
「はぁ、疲れたね」
パーティ会場を出るとひんやりとした風が頬を包む。それに、会場は思ったより熱気が篭もっていたのだと気がついた。
「……アヤナはどうなるのかしら?」
「気になる?」
隣に並んだフェシーがタイを緩めながら見てきた。それに、思わず頷いた。
「……被害があまりにも大きすぎる。状況を考えれば死刑は免れないと思うけど……ああ、でも。ガレット王子はお咎めなしであの女だけ処刑、というのも後味が悪いし、国民の反感を買いそうだな……。どこか、離れたところに軟禁するんじゃない?」
「そうなの……」
アヤナは、一体いつからああなってしまったのだろうか?男爵家の娘として生まれたのなら、貴族社会の礼儀も身につくはず。それなのに、アヤナは生まれながらの平民のような振る舞いだった。
「それより……ユティは、僕が言ったことを覚えている?」
不意に、フェシーに言われて顔を上げる。
(フェシーの言ったこと?なんだったかしら……?)
記憶をたどって──そして、思い出す。
(!!)
パーティ会場での出来事が苛烈すぎて記憶が薄れていたけど。確か。そう。私。
(フェシーに好きって言われた……)
「僕は……ユティのことが好き、みたい。ユティは?僕のことどう思ってる?少なくとも、嫌いではない……よね?」
言いながら、フェシーは照れているようだった。
「──ぅ、──あ」
はくはくと何度も口を開閉する。
言葉が出てこない。フェシーはまっすぐ私を見ていた。ごまかせる気がしないし、ごまかしてはいけないと思った。
どう思っているか、なんて。そんなの。
「わたし──」
「お疲れ様でした、ユーアリティ様!」
その時。背後から明るい声が聞こえてびっくりして飛び上がりそうになる。見れば、侍女が廊下の向こうからやってくるところだった。
そうだ、会場を後にしたのなら当然侍女はついてくるはず。近衛も。
フェシーは既に侍女に気がついていたのか、驚いた様子はなく笑みを浮かべて労った。
「きみたちもご苦労さま」
「恐れ多いお言葉です。では、妃殿下をお預かりしても?」
「うん、彼女をよろしく」
フェシーはそう言うと、小声でそっと言った。
私の耳元で、私に聞こえるだけの声で。
「また後で……答えを聞かせて」
「──」
(後で……?後でって……いつ!?)
息を呑み、言葉を失う私にフェシーは外向きの笑みを浮かべた。
「じゃあ、ユティ。おやすみ」
「お、おや、おやすみなさい……」
何とか返した声は、動揺がわかりやすくも滲み出ていた。
そのまま、侍女に入浴を手伝ってもらったらもう寝る時間。
正直、アヤナ様のこともあって全くパーティでは食べられなかったけどこんな時間に食事をお願いするのも申し訳ない。
仕方ないし、もう眠ってしまおうかしら……と思ったところで部屋の扉がノックされる。
返事をする前に扉が開いた。
「あ、ユティ。まだ起きてた」
そこには、入浴したばかりと見られるフェシーがいた。まだ金髪はしっとりと濡れている。
突然現れたフェシーに、私は驚きながらも尋ねた。
「え……えっ、あの、ここでねるの?」
「うん、最後の夜だからね」
「……最後?」
尋ねると、フェシーはソファに座り、答えた。
「そう。明日僕達はルデンに帰る。ビヴォアールですることは終わったから、急いで父上に報告しなければね」
ビヴォアールですることは終わった。
それはつまり、今回の問題が解決したことを意味していた。
「なんだか、思ったよりも長い滞在になってしまったわね」
「帰ったら溜まった仕事を片付けるところからだな」
帰国後のことを考えたのか、疲れたようにフェシーは言った。
「ねぇ、フェシー。これからビヴォアール国はどうなるのかしら。貴族の間では、婚約破棄が多発し、そしてそれらは承認されているのでしょう?でも、アヤナに洗脳されていた令息らはその時の記憶がないようだし」
それは、私がずっと気にしていたことだった。
レースイは、ルシアと婚約破棄していた事実を知らないようだった。既に婚約破棄し、違う道を探し始めている令嬢に、まだ婚約破棄をしていないと思っている令息。どう考えたって、揉めるはずだ。
私の言葉に、フェシーは「ああ」と答える。
「既に動いているようだよ。記憶がなかったとはいえ、婚約者として、紳士として、言ってはならないことを口にし、あまつさえ婚約者を侮辱し、拒絶した。それについて許しを乞うのと同時に、関係性の修復を求めているようだ。散々振り回された側の貴族令嬢からはなしの礫のようだけどね。だけど誠意を見せれば、少しは変わった関係性にもなって……くるんじゃないかな。希望的観測に過ぎないけど」
「そうよね。婚約者が豹変した理由は、魔花が原因。本人に記憶はなく、全ては魔花の効能のせいでした、なんて言われても──理論は置いておいて、心が追いつかないわよね」
「なしの礫の筆頭であるガレットは、毎日修道院に足を運んでいるそうだよ。だけど、シスター・ディアーゼに拒絶されて、顔を合わせることすら叶っていない。今のところ、毎日顔を見ることなく修道院を去っているらしい」
ガレットと言えば、被害者の中でも一番アヤナの力に被害を受けたと言えよう。その婚約者だったディアーゼは、それ以上。ガレットを拒絶したくなる気持ちも理解出来た。
……ん?毎日?




