父と息子
「……父上」
「私は、お前の目が覚めたことを喜ばしく思う。……ごほっ」
ビヴォアール国国王は体調が思わしくないようだった。今も空咳を繰り返している。
青ざめた顔に、痩せ細った体躯。骨の浮いた手に、窪んだ眼孔。年齢はまだ四十前半と若い国王ながら、目の前の男は老人のように見えた。病を患っているのだろう。
国王は杖をつきながら、何度か噎せたのち──ガレット王子に尋ねる。
「だが……お前が今までにしたこと。どう、責任を取る。世を乱した罪は、重い。あの娘にのみ責任を負わせるか」
「……まずは、謝罪をさせて欲しい。私がアヤナの策に陥ったことで、周囲に多大な影響を与えたことだろう。私が犯した罪も、忘れることはしない」
ビヴォアールには王子がひとり。
従兄弟の公爵子息や、王位継承権を持つ縁戚はいるらしいが直系はガレット王子のみ。廃嫡したり、王位継承権を放棄したりという形で責任を取ることは難しい。
「だから、私は今後の行いで罪を償っていこうと思う。起こした罪を忘れず背負い、戒めとして、私は今以上に良き治世を築き、良き王となるよう日々励み、慢心せず、民のための王とたることをここに宣言する。だから……ここにいる全ての人に、その見届け人となって欲しい。都合のいいことを言っている自覚はある。だけど……どうか、私を信じて欲しい。失ってしまった信頼を今一度取り戻すのは難しいだろう。困難だと自覚している。だけど、それでも、私は犯した罪をそのままに、ただ悔いるだけの日々を無為に過ごしたくはない」
長い言葉だった。
その言葉に頷いて答える人もいれば、否定的に睨んでいる人もいる。ガレット王子が過去、何をして、何人の人生を狂わせてしまったのか私は詳細を知らない。
だから、彼を否定する人、肯定する人、分かれるのも当然だと思っている。
静まり返る中、フェシーが挙手した。
そして、恭しくルイス十二世に跪く。
「ご無沙汰しております。国王陛下。騒動を起こしてしまい申し訳ありません」
「ルデンの、王太子か。立派になったな……」
それは、どこか悲しみの声があった。
自身の息子がアヤナのせいとはいえ、堕ちた様子を見るのは辛かったに違いない。
「私は──今回の件を受けて、父。ゲイル・ルデンより伝言を預かっています」
(そうなの!?)
それは聞いてなかった。私の混乱をよそに、フェシーの言葉は続いていく。
「"ルデンは、ビヴォアールを見ている"……と。ビヴォアールは他国ではありますが、我が国と完全に無関係という訳でもない。過去、同盟を結んだ経緯もあります」
「……そうか」
陛下はフェシーの言葉を聞くと頷き、ガレットを見て言った。
「ガレット。……お前の言の葉が、臣下たちに伝わるかどうかは、お前のこれからの行い次第だ。──これを聞いた皆。私は治世者として天秤にかけねばならん。ガレットの行いに不満があるやつは、嘆願をいたせ。私は決して、声を無視することはせん」
そして陛下は何度も咳き込んだ。
控えている専属医師が「陛下」と声をかける。
それに頷き、ルイス十二世は最後に言った。
「夜会を続けるかどうかはガレット、お前に任せる。私の言葉を忘れるなよ」
「承知しました。父上」
ガレット王子が深く頷く。
真っ直ぐな視線にルイス十二世はほんの僅かに目元を弛め、そのまま踵を返した。
ほ、と息を吐く。
ルイス十二世が現れて張りつめた空気が少しだけ緩んだ。
陛下が退室すると、ガレット王子が声を張る。
「ピンクドロップの取り扱いやアヤナの今後、ならびに今後の国政については明日の定期議会で報告する。……まずは本日の夜会、騒がせてしまって申し訳なかった。今から、存分楽しんで欲しい!」
ぱちん、とガレットが指を鳴らすとパーティ会場の扉が開き、楽器を抱えた楽団が入室してくる。これも、打ち合わせ通り。
そして、楽団は静かなパーティ会場で人気曲を披露しはじめた。優雅なクラシックがほんの少し、空気を明るくして、ややあってからみな思い思いに口を開き始める。
私たちはどうするべきかとちらりとフェシーを見上げると、彼と視線がぶつかった。
「出ようか」
短く言い、フェシーは私の手首を掴む。
「!」
そのまま、私たちは誰かに呼びかけられる前にパーティ会場を後にしたのだった。




