ひとつの終わり
「あなたは、幻惑と魔花と名高いピンクドロップを使って、ひとを操った」
「な──」
「覚えがないとは言いませんよね。アヤナ妃殿下──、いや、大罪人アヤナ」
ルシアの静かな声にアヤナ様……アヤナは唖然としていたが、やがて我に返ったようにルシアに食ってかかった。
「何言ってるの!?幻惑?魔花?そんなの知らないわよ!!変な言いがかりつけないで!ねえ、ガレット!この女、投獄してちょうだい!この私を大罪人ですって!?」
かな切り声だ。
小柄な体のどこにそんな力が、と言いたいほどの声量でアヤナ様は怒りを表すとガレット王子を振り返る。──が、ガレット王子は動かない。
ただ、静かに状況を見ていた。
息を吸って、歩み寄る。
ドーナツの空白部のようなった中心地点に向かえば、私にも視線は集まった。
息を吸って、彼女を呼んだ。
「……僭越ながら、アヤナ様」
「なに!?」
「あなたにはこの花に見覚えがあるのでは無いですか?」
侍女……ミアーネに合図を出して、ピンクドロップを持ってきてもらう。ミアーネは注目の的になっていることに緊張しているようだ。
「な……!それ、どうして!」
「入手方法については、後ほど。それより、アヤナ様はこれに見覚えがあるのですね?」
「……知らない」
アヤナは視線を逸らして小さく言った。
ここまできて、シラを切ろうとするその精神はすごい。内心驚きながら、静かに言う。
「ですが、こちらはアヤナ様のご実家。男爵家のお庭で育っておりましてよ?」
「なんでそんなことあんたが知ってんの」
唸るような声だ。なぜって、採りに行ったからね!
「……それは、肯定と受け取ってよろしいですね。では、この花の効力についてもご存知でらっしゃる?」
「……知らない!知らない知らない知らない!疲れた!私もう帰る!ガレット!!」
悲鳴のような声を上げて、アヤナがガレット王子に飛びつく。いや、すがったというべきか。しかしそれは、ガレット王子に無慈悲に剥がされてしまう。
「え……」
アヤナの狼狽えた声がぽつりと聞こえてくる。
私は二人の元に歩み寄ると、くるりと方向転換して招待客に見えるようにピンクドロップを掲げた。
「これは禁花取締法第二十九条で禁止されている、幻惑と魅了の魔花、ピンクドロップです。効果は対象者への依存、崇拝、心酔といった感情を植え付け、洗脳、支配するもの」
ざわめきが広がる。そんなものが存在することに恐怖を覚えているようだった。
「危険な花ですので、使用方法は控えさせていただきます。ですが──この花に見覚えのある方もいるのでは?特に、ここ最近妃殿下と親しくしていた、という方」
名指しに、数人が反応する。顔が真っ青だ。
震えた声で数人が答えた。
「それは……妃殿下からよく渡された……」
「無理やり押し付けられて……そ、それが魔花……」
私は怯えと恐れが混ざった声を聞きながら、またアヤナがガレット王子を振り返る。
こつ、と足音がする。私の隣にフェシーが並んだ。
「……ビヴォアールに来てから、ルシア嬢を始めとした令嬢や夫人、紳士たちから色々と話を聞いてね。変だな、と思ったんだ。短期間の婚約破棄の多発、ひとりの令嬢への心酔。どこぞの村ならまだしも、名だたる貴族の子息たちが己が責務を捨ててまでして、恋情を取る?……ひとりなら、有り得ることかもしれない。情熱家というのはどこの国にもいるものだからね。でも、それが複数人。それが流行りだとしても、流石に異常だ、ってね」
「先日、アヤナ様がファルシア殿下に花を渡したでしょう?紫の、小さな可愛らしい花束のブーケ。……聞けば、ガレット王子も昔数多く贈られていたそうではありませんか。違和感、というのは時として大きく活躍するものです。調べてみたら、思わぬ事実が表沙汰になりまして……ね。ガレット王子殿下?」
私がガレット王子に話を振ると、彼はここに来てようやく口を開いた。
「──ここで宣言する!私は、アヤナを愛してなどいない!全て、花の効力による洗脳だ!私は卑怯な手段を使い、世を乱したアヤナを──投獄する」
「な……!?」
か細い悲鳴をアヤナが上げる。
既に──既に、ガレット王子の洗脳は解けていると今更気がついたのだろう。
私は、ついさっき部屋で行った打ち合わせを思い出す。
部屋に現れたのはガレット王子。
ルシア・ミッチェルノ。ニケル・アッドフォの三人。
私が採取してきた根から、解毒薬を作成したフェシーは先にガレット王子に飲ませ、洗脳を解除したという。そのうえで、断罪の場を整えた。
予め脚本を用意し、ルシアとニケルにも協力を仰ぐ。
侍女と侍従に指示を出し、アヤナに操られていた──洗脳されていた十数人には、根を煎じたエキスを混ぜた酒を飲ませる。それで、舞台は完成だ。
アヤナの洗脳が解け、混乱に陥ったら、それが始まりの合図だとも聞いていた。
(さっきは驚いたわ……。今まで考え無しに見えたガレット王子が急にまともなことを言うし、あまり関わりのないルシア様もいるし。ニケルに至っては、あの夜以来だったもの)
考えていると、アヤナの悲鳴が聞こえてきた。
「いやあああああ!嘘よ、こんなの嘘!信じないんだから、嘘!嘘!嘘!いや!!」
「残念だけど、事実ですよ。アヤナ元妃殿下?そもそも、気がついていなかったのですか?ここ数日、いきなりあなたの取り巻きの不正が明らかになって、おかしいと思いませんでした?あなたに不利益になることを、洗脳されたガレット王子はしないはずなのに……と、少しも考えなかったのですか?」
黒髪の男が歩いてくる。
ニケルだ。彼はあの夜と同じように涼し気な顔で、からかうようにアヤナに言った。
アヤナは崩れ落ち、震えている。
「いや、信じないわ。………嘘。嘘よ、ねぇ……ガレット?」
「連れて行け」
ガレット王子は、もはやアヤナを見ることなく答えた。
ガレット王子の指示に従い、近衛がアヤナを無理やり立たせ、連れていこうとする。アヤナは抵抗し、激しく暴れた。
「ふざけないでよ!!!ありえないでしょこんなの!!どうして!?ねぇ、どうして!?……っそうだ、そうよ!あなたが!あんたが悪いのよ!!ユーアリティ!」
「えっ?」
突然名を呼ばれたのでびっくりしてそちらを見ると、近衛に拘束されながらアヤナは血走った目で私を睨みつけていた。
「あんたが現れてから全てがおかしくなった!っの悪魔!!」
(え、ええ〜〜〜?)
そう言われても。でも、この状況は間違いなく異常だったのだから私でなくてもいずれ誰かが正していたように思う。
そう思っていると、ガレット王子が私の前に立った。
「思い上がるな、アヤナ。我々の過ちを、異常を正常に戻し、正したのは他でもないユーアリティ妃殿下だ。我々にとっては女神にふさわしい」
「……ッガレットぉぉぉぉ!」
アヤナ様がむちゃくちゃに暴れるがそれは数人の近衛に阻まれ──会場をあとにした。
奇妙な静寂が広がる中、こつ、こつ、という重たい足音と、複数の足音に鎧の音が聞こえてくる。
(……きた)
これも、打ち合わせ通り。
いつ現れるのかはわからなかったけど──
「……ガレット、この騒ぎをどう説明する」
重たい声で尋ねたのは、この国。
ビヴォアールの国王。
ルイス十二世だった。




