舞台の始まり、それは喜劇?
「ごきげんよう、ファルシア殿下。妃殿下もご機嫌麗しく。体調が回復して何よりですわ」
「ごきげんよう、夫人。お気遣いいただきありがとうございます」
入場してすぐに様々な人から声をかけられ、瞬時に取り繕う。頬が赤いのは誤魔化せないが、暑いから火照っている、ということにしておこう。うん。
「ルデン王国の妃殿下、大切なお体なのですからあまり無理されてはなりませんわよ」
「ありがとうございます」
「おふたりにお子様がお生まれになったら、それはそれはきっと、大変美しいのでしょうね。その時が楽しみですわ」
──吹き出すかと思った。
すごい、いきなり話してくるじゃない?
食前酒、サラダ、スープ、軽食全て飛ばしてメインディッシュを持ってこられたような感じだわ……。
私が完全に硬直していると、フェシーが変わりに答えてくれた。
「そればかりは女神の采配によるものですのでいつになるかはわかりませんが……もし私たちに子ができたのなら、夫人が言うようにとても愛らしいと思いますよ。ビヴォアールのファッションアイコンであらせられる夫人のお墨付きともあれば、うちの国でも可愛がられそうですね」
「ま、お上手!そちらの国では神と言えばアプロディーテー神、とお聞きしましたけど、本当なの?少し気になりまして」
そして、話は女神アプロディーテーへと移行した。上手く話が逸れてくれてよかった。
完全に言葉に詰まった私の代わりにフェシーが答えてくれたおかげだ。
(助けられてしまったわ……)
フェシーと共に数人とある程度挨拶や会話をしつつ社交をしていると──その時は突然、訪れた。
「どういう……どういうことだ!」
ひとりの青年が、突然錯乱したように大声を上げ始めた。始まった、と思った。
パーティ会場で大声を出すともなれば、当然目立つ。会話をしていた夫人が眉を寄せた。
そして、見るのも嫌というような素振りで扇で顔を隠しそちらに視線を向ける。
「まあ……あれは、レースイ・ベンレイ伯ですわ。数年前、爵位を叙爵した優秀な青年だったのですが……今となっては見る影もない。全く、前ベンレイ伯も見る目がなかったのね」
(レースイ・ベンレイ……。確か、アヤナ様の取り巻きの一人)
彼は隣に座る男性に肩を抱えられているが、俯いて頭を抑えていた。周りにはどよめきと動揺が広がり──
「どういう……ことなんだ!?」
また、ほかの青年が錯乱した。
その錯乱は伝播するように広がっていき──少なく見積もっても十人程度の男性が恐慌状態に陥り、大声を出した。
「お前、今日は何日だ!?」
「レースイ、落ち着けよ!ここがどこだかわかってるのか?」
「そんな場合じゃない!くそ……俺はどうして……」
動揺のあまりか、声が大きくなるレースイを友人の男性は抑えようとするが、周囲に混乱が広がっていく。
「なに……?様子がおかしいわね。もしかして薬でもやっていたのでしょうか?彼、少し前からおかしくなっていましたし。あちらに座る男もそう。ここ最近、ねじが緩んだようになって、性格が変わってしまったんです」
夫人が蔑むようにあちこちに視線を走らせる。
会場の混乱はすぐに王太子夫妻……この場合、アヤナ様とガレット王子のことだ。
ふたりにも伝わり、アヤナ様が人混みをかき分けて走ってくる。ドレスの裾がめくれ、足首が見えているが気にしている様子はない。それに対し、周囲の女性陣が非難する視線を向ける、がやはりそれにも気がついていなかった。
フェシーはといえば、あからさまに視線を逸らしている。
そして、アヤナ様がレースイという男性の腕に飛びついた。
「ちょっとぉ、どうしたの?レイったら」
甘えた声で無関係の男に抱きつくのは、王太子妃がやることではない。苦い思いで見ていると、レースイは不意にアヤナ様を振り払った。乱暴、とも思える仕草で。
「離せ!……お前は……いや、あなたはアヤナ嬢?どうしてここに……。いや、ルシアはどこに?僕の婚約者だ。知らないか?」
ルシア・ミッチェルノはレースイ・ベンレイの元婚約者。レースイから一方的に婚約を破棄されたと聞き及んでいる。
レースイはアヤナ様を振り払うとルシアの姿を探し──ちょうど、ふたりの元に歩み寄ってきたルシアを目にすると、声をはりあげた。
ルシアは紫髪の、長身の女性だ。
「ルシア!良かった、どこにいたんだ?それに……なんだか、痩せた……な?いや、それより今は一体……僕には記憶が無いのだが」
「……アヤナ妃殿下」
ルシアが静かに声を出す。
「な、何よ!?」
レースイに振り払われたアヤナ様はうろたえた様子で、いたたまれなさそうだった。
居心地悪そうなアヤナ様をルシアは静かに見つめる。パーティ会場はもはや、水を打ったように静まり返っている。
レースイとルシアは7話「恐怖!危機感のなさ」にて名前のみ出てきたキャラです、覚えてる人いますかね(՞ ᴗ ̫ ᴗ՞)




