恋心
「えっと…………あの、」
なにか話そうにも、異様な雰囲気のフェシーを前にしては何も言葉にならない。
無意識に足が後ずさり、その時に足が絡んだ。そのままガクッと後ろ向きに倒れそうになるが、さっとフェシーが腰を引き寄せて転倒をまぬがれた。
「とりあえず馬車に行こう、待たせてある」
「え………?」
「ユティがここに来るかもしれないってわかったから、用意しておいたんだよ。もう大丈夫だから、力を抜いてユティ」
「それは………」
聞きたいことはたくさんあるけれど、大丈夫だから。その一言に力が抜けてしまった。肩肘はって誰も信頼できない状況下、味方が欲しかった。誰が敵か味方かも分からない。下手すると今度は命を取られるかもしれないという緊張は思った以上に私の精神を蝕んでいた。
触れられた温もりが、あたたかさが、ここにいていいのだと思わせてくれる。張りつめた糸が切れるように、私は知らぬ間にフェシーの服の裾にすがっていた。固い感触にはっとして見上げれば、フェシーは軍服を着ていた。珍しい正装姿に首をかしげる。白金色の髪に青緑色の瞳。白皙の美青年であるフェシーに、白と金を貴重にした軍服はよく似合っていた。
…………どうしよう、とんでもなくかっこいいわ………。
恋心というのは厄介なもので、自覚するとフェシーが三割増でかっこよく見える。ただでさえ意識してなかった時も“フェシーは美青年だな”という思いは抱いていたのだ。それに恋心が追加されれば自然と目も合わせられなくなる。
…………こんなにかっこよかった!?
焦りのあまり汗が滲んでくる。何より、こんなに見目麗しい人の視界に自分が入るというのがなかなか許容できなかった。そこまで卑下するほど醜い出で立ちはしていないが、フェシーと並び立てるほどかと言われるとそれは否。平々凡々をちょっと抜け出した程度の容姿だと把握していた私は、そっとフェシーから視線を外した。
「ユティ、暴れないでね」
だけどフェシーはそんな私にお構いなく、ぐっと腰を掴んでそして引き上げた。突然のことに思考が渦巻いた。
「きゃああっ!?」
「ユティ、静かに。今は真夜中だよ」
「なっ………ちょっ、下ろして!下ろして………!」
「だめ。ユティは大人しく僕に抱かれていて」
「〜〜〜っ………〜〜〜〜!」
恥ずかしさのメーターが振り切れて、思わず歯噛みする。私はフェシーに抱き上げられて、いわゆるお姫様抱っこをされてしまった。彼に横抱きにされるのはこれで二回目。だけど以前と今じゃ全く違う。主に私の心持ちが。
意識するだけでこんなに違うのか。フェシーに抱き上げられて、私は今更ながら自分の体重を思い出した。一般的な数値だと思うけれど、やっぱり重いかもしれない。ただでさえ人体は重いのだ。
人体のほとんどが水でできているとはいえ、重いものは重い。もしこれでフェシーに重いな………なんて思われていたら立ち直れない。ほとんどは水なのだ、水。脂肪では無いことを希望のよすがにするが、誰も聞いてくれない言い訳を述べ連ねても仕方ない。
私は顔をさっと下げてフェシーの視界から顔を隠す。
「ユティ、他に怪我してるところはない?」
「えっ、えっ?な、ない、ですけど」
「本当に?少し様子がおかしいけど………どこか痛めたりしてない?」
「大丈夫です!」
様子がおかしい自覚はあったため、思わず力強い声が出た。
その声の強さにフェシーが目をぱちくりさせるのが視界のはしでわかり、ぶわりと顔が熱を持つ。あああもう、私ったら可愛くない………!そうだ、そもそもフェシーは私のことをすきじゃない。だいたいフェシーは初めて会った私に他の男から子種を貰うよういってきたクズ男だ。どう考えても好きになる理由がない。なのに好きになってしまったのはやはり顔、顔なの………!?
ーーー違う
ちゃんと気づいてる。私がフェシーを好きになった理由は容姿ではない。容姿だったら会ってすぐ一目惚れしてた。私がフェシーを好きになった理由は………
「体が冷えてるね、すぐ王宮に戻るから。裏口から入るけど、ユティは喋っちゃダメだよ」
「………はい」
「本当に様子がおかしいな。どうしたの?」
ぐっと顔を近づけられるけはいがして、ますます心臓が早くなる。きっとフェシーは私のことなんて意識してない。だからこそこんな普通に急接近してくるんだわ……!恥ずかしいやら女として見られてないことが悔しいやらで、ますます口が重くなる。
気がつけば馬車の近くまでたどり着いていて、御者が扉を引いた。
フェシーの腕の中に抱かれながら私も馬車に乗り込む。
そしてやっと椅子に降ろされた。クッションが敷かれていて柔らかい。馬車の中もそんなに冷えていなかった。
「………ユティ?」
「はっ、はい!」
思いがけない呼び掛けに声が反射的に大きくなる。平常心を心がけてもどうしようもない。自分の愚直な反応に涙が出そうになった。
あまりにも反応が怪しいと私の恋心が気づかれてしまうかもしれない。ただでさえフェシーは女嫌いだ。私の想いに気づかれたらこの関係は終わってしまう。
フェシーに女だと線引きされたらきっと距離を取られる。私はぐっと拳を握った。




