収束
「なっ、なんだ!?何が起きた………!?」
もがくようにめちゃくちゃに剣を振り回す彼の横にいた騎士がその剣先に当たったのだろう。短い悲鳴と共に崩れ落ちた。
「ちょっ………」
何混乱して味方傷つけてるのよ………!
私が慌てて声をかけようとした時、シュッと目の前に目にも止まらぬ速さの何かが過ぎた。何かと思ってい見てみれば、フェシーが公爵の首に剣先をピタリと当てている。その冷たさに公爵も気づいたのだろう。ハッとしたように顔を上げた。まだ見えにくいのか、目を細くしている。
「誰だ………!?」
フェシーの金髪を目に入れ、目を見開く。しかしすぐに首を振った。
「そ、そんなわけがない。あの人がここにいるわけがーーー」
「残念だけど、いるんだよね。そして、礼を言おうか?僕の妻がずいぶん、お世話になったようで」
そう言ってフェシーがゆっくりと剣を横に引いた。そうすると自然と首に剣がくい込むわけで、公爵が悲鳴をあげる。
「うわあ!痛っ……痛い!やめてくれっ………なっ、嘘だ!嘘だろう!?あんな高貴な方がわざわざこんな路地裏に来るはずがないッ!」
勝ち誇ったようにせせら笑う公爵に、フェシーがため息をついた。だけど公爵の信じられない気持ちも分かる。フェシーは………ファルシアは大陸で一番大きな大国、ルデンの王太子だ。そんな彼が他国のビヴォアールに赴いたこと自体がありえないことなのに、わざわざその国の男爵家まで足を運ぶはずがない。
フェシーは私を背に庇いながら、すっと目を細めた。
月光がその瞳に反射して、金色のように見える。
「きみが信じるかどうか、それはどうでもいいんだよ。今大事なのはきみをどうするか………その決定権は今、ここにいる僕が持っている」
公的な場ではないとはいえ、一人称を“私”と言わないフェシー。押し詰めたような声に、ぞくりと背筋に震えが走った。
「安心して。簡単には殺さない。ユティを………僕の妃を追い詰めたんだから。死など生ぬるいものは与えない。当たり前だよね」
にっこり笑い、フェシーは剣を引いた。それが合図だったかのように、黒装束に身を包んだものたちがあたりを包囲した。
思わず後ずさりそうになると、ぐっと腰を引き寄せられた。フェシーだ。
「あ、あの………?」
思わず不安になってフェシーを見上げれば、彼はなぜか痛ましそうに私を見ていた。なぜそんな目で見られるか分からず、ますます混乱する。今私に目立った傷は無いはずだ。
「遅くなってごめん。王宮に戻ろう、ユティ」
「えっ?あっ………はい、…………はい!」
言われて、少ししてから言葉が響いた。やっと帰れる。やっと、安心できる場所に戻れる。そう思うと意図せず涙が滲んだ。月明かりで照らされたフェシーの顔が涙に歪んだ。
フェシーが私の腰と肩を軽く引いて、抱き寄せた。彼の胸に顔を押し付ける形になって、その匂いに酷く安心した。清涼としたこの香りはフェシーの香水の匂いだろうか。離れてからそんなに時間は経っていないのに、この香りが酷く恋しい。この体温が愛しい。好きだと気づいてしまったから。愛しいと知ってしまったから。この手を離すことは出来そうになかった。
「………ユティ、髪はどうしたの?」
ゆっくりと、押し殺したような声で聞かれる。それでハッとして私は顔を上げた。逆光になっていてフェシーの顔は見えない。
「あの……その、必要に応じて切ってしまいました………ごめんなさい」
以前ならこんな殊勝に話せなかった。だけど今は好きな人に嫌われたくない、嫌に思われたくないという感情が働き、しおらしくなってしまった。
「うん、ユティのことは責めてないよ。そうじゃなくて、何があって髪を切ったの?ユティに髪を切らせたのは………誰?」
聞かれて、私は慌てて言った。髪を切る必要はあった。王太子妃暗殺計画………そんなものが表に出れば間違いなくグランは処刑される。そんな中、普通身元が怪しい人間を計画に加わらせることはしないだろう。だけど私の下手な演技がきいたおかげで、彼は私にチャンスを与えてくれた。
彼は暗殺計画に女を捨てられるか。それほどまでの覚悟があるか、と決意をはかったのだろう。あれは必要なことだったと客観的に見れば思える。
「ち、違うの、これは………」
「ごめんね、ユティの意見は聞いてないんだ。なぜ髪を切るに至ったか、それだけ教えてくれればいいよ」
身を蓋もない言葉で一蹴され、私は俯いた。その時、黒装束の男のひとりがフェシーに声をかけた。
「殿下、捕縛完了しました」
「うん、まとめて置いといて。………とりあえずユティ、王宮に戻ろう。もう話は全てすんだ。後片付けが終わったら即帰ろう。そしたらユティはしばらく城から出ちゃダメだよ」
「えっ………!?で、ですが公務が………」
「少しなら問題ない。僕が調整する。………ねえ、ユティ。ユティがいなくなって、僕がどれだけ心配したかわかる?」
雲が途切れて、月が顔を出す。その月光のおかげで、フェシーの顔が良く見えた。彼は私をじっと見て、そしてその瞳に隠しようのない悲しみと深い怒りをたたえていた。力強い瞳ではないのにその目に囚われてそらすことが出来ない。
私はごくり、と唾を飲み込んだ。




