再会
「なぜ、とはご挨拶ですね。愛しいものの頼みなら私はどこにでも行きますよ」
つまりアヤナ様の使いってことか。
私は黙って成り行きを見ていたが、ふとエンバードと呼ばれた男がすらりとその剣を抜いた。細身だけれどしっかりとした造りの剣が月光を浴び、光る。
「お初にお目もじ叶いまして光栄の極みでございます、ユーアリティ妃殿下」
「…………」
あえてそれを無視する。通常、身分が下のものから上の者に声をかけることは許されない。だから本来であれば上のものから声をかけることがならわし。
だけど公の場ではないとしてもそれを破って声をかけてきた公爵への意趣返しというわけだ。
彼は黙り込んだままの私を見て器用にも片眉を上げた。
「…………気丈な方ですね。まあ、それもここまでですが。さようなら、ユーアリティ・ルデン妃殿下。お会いできて光栄でした」
その言葉を皮切りにきぃん、という音が響く。男たちが剣を抜いたのだろう。チラリとニケルを見たが、彼もまた難しい顔をしていた。彼も帯剣しているが人数が違いすぎる。多勢に無勢。抗ったところで負ける未来しか見えない。
ーーーそうだ、この根を彼に噛ませれば。
本来であればピンクドロップの解毒方法はピンクドロップの根を煮出した白湯をゆっくり飲むというもの。だけど現状贅沢は言っていられない。私はゴクリ、と唾を飲むと隣のニケルに話しかけた。
おそらく、いや間違いなくエンバード公爵はピンクドロップの作用を受けている。ならば試してみる価値はある。これで彼が純粋にアヤナ様を慕っていたのなら意味が無いことだが、おそらくその可能性は低いだろう。低いと信じたい。
「ニケル、足止めお願い出来る?」
「え?」
「後ろ。よろしく」
「えっ、ちょ、待っ………」
ニケルの返事を待つ間もなく、私は目を瞑って魔法を唱えた。ここは裏路地だ。表には人々の住む住宅がある。暴発させてはいけない。私が最も苦手とする魔力コントロール。この時ばかりは失敗してはいけない。私が踏み出したと同時に後ろから剣がぶつかる音がした。ニケルの戦闘が始まったのだ。
深呼吸をして心臓を落ち着かせる。
「ーーー第56の法。契約者ユーアリティ・ルデンの名を持って命じる。光鮮」
あえて完全詠唱したのはその方が心持ちコントロールがうまくいくからだ。いつもは呪文しか唱えない。丁寧に詠唱した呪文はすぐさま形をもって浮かびだし、そしてやはりーーー魔術のコントロールは失敗した。思ったよりも大規模なものになってしまったのだ。
ーーーやっぱり失敗した!本当に私って…………!
自分の不甲斐なさをくいながらも、歯を食いしばる。まともに目を開けたら目がやられるからだ。街全体に光が降り注ぎ、朝日よりも眩しい閃光が迸った。
夜闇に浮かぶ突然の白に周りを囲んでいた男たちが苦痛の声を上げた。
「ぐぅっ………!」
「何だ!?」
「うわぁっ………何が、くっ!呪文か!」
辺りから声が聞こえる。ニケルがどうなったのか気になるが、眩しすぎて見れない。
しかし思った以上の威力になってしまった上に、効果が持続しすぎている。それは私の魔力量に直結し、早く魔力を収縮させないと私が倒れてしまう。
焦る心をなんとか落ち着かせて呪文を唱えようとした時だった。
シュッ………となんの前触れもなく光が収束したのだ。またしても突然夜闇に包まれ視界が混乱する。目の前で星が散っているような感覚すらある。
「うあ!?」
「今度は何…………っうわあ!!」
その時、背後から悲鳴が聞こえた。ニケルのいる方だ。何が起きてるの………!?
思わずそちらを振り替えるが、突然の暗闇に目がついていかない。もう少し視界を慣らす必要があるが、しかしそんな悠長なことも言っていられない。
どうする!?どうしよう………!?
焦ってるうちに剣の重なる音がまた響いた。怒号が聞こえ、物音がする。
ジリジリと近づく足音に、そっと足を引いた。方向感覚は覚えている。ニケルが心配だが、今のうちに逃げるべきだろう。
ニケルは敵か味方か分からない。本来であればここで別れるべきなのだろう………
だけど彼は私をかばってくれた。あれも込みでの演技かもしれないが、しかしあの時庇って貰ったのは事実だ。何としてもニケルだけは連れていく必要がある。
そう思い、すっと後ろを振り向いた時。
雲にかくれていたのか、暗闇の中、月光が差し込んだ。そのおかげで少しだけ視界が良くなる。満月の強い光で照らされたそこには…………
「え…………」
ここにいるはずのない、ファルシア・ルデン。その人がいた。
私の夫であり、ルデンの王太子であるファルシア。フェシー。なぜ彼がここに………。
完全に固まった私とは違い、彼は白金色の髪を月光に揺らしながら私を見た。
色素の薄い淡い新緑色の瞳が、今だけはその色が濃いように感じる。
「フェシー………」
「ユティ」
呆然と呟いた私に、フェシーが言葉を返す。どうして?どうしてここにいるの?
完全に思考が停止した私の意識を取り戻したのは、私同様に視界の鮮明さを取り出したのであろう、エンバード卿の声だった。




