王太子
ミアーネも私と夫の夫婦別室を咎める人間のひとりだ。
まあ、気持ちは理解出来る。
王太子の寵がないことはすなわち私の権力………発言権が弱まることを意味する。
ミアーネは昔から親しくしているのもあって、純粋に私が心配なのよね。
「今日はローズヒップティーですよ、ユーリ様。こちらのハーブティーは………」
「何?もしかしてそのお茶っ葉も王太子のおすすめなのかしら」
半ば投げやりに言うと、ミアーネは驚いたように顔を上げる。そして破顔した。嫌な予感がする。
「すごい!さすが夫婦ですね、お互いのことをよく知ってらっしゃる!」
ついつい夫を王太子呼びしてしまったのだが、ミアーネは気づかなかったらしい。
良かった。こんな失態、外じゃ絶対に出来ないわ。
「ふふ……まあ、うん。そうかもね?それで、そうなの?」
私が聞くと、嬉しそうにミアーネが笑った。
「はい。さようでございますよ、ユーリ様。この紅茶葉とお菓子は王太子殿下からユーリ様への愛の証なのでございます!」
「ふふふふ」
乾いた笑いしか出てこなかった。愛の証って。
殿下からのプレゼントと思うと、先程は美味しそうに見えたガトーショコラも微妙なものに様変わりする。
乙女心は複雑なのだ。
だけどお茶とお菓子に罪はない。
このまま美味しくいただいちゃいましょう!
(しかし、突然こんなものをよこすなんて何を考えているのかしら?)
もしかして私の立場を考えたのだろうか。
ただでさえ不仲説囁かれちゃってるし?
いや、でもそれを危惧したら、こんな面倒なことしないで会いに来て少し話せばいいだけの事だ。
それなのにわざわざこんなものをよこすなんて何考えてるのか。
私はそう思いつつ、ガトーショコラにフォークを差し込んだ。
さすが、王室に献上されるだけあって最高の出来だ。
(うーん、チョコレートがとろけて美味しい)
名産と言われるクワナと練り込まれた香葉がいい味を出している。
(美味しい。これは止まらないわ……)
クワナの食感がいい。カリカリとした音を感じながら私はガトーショコラを堪能した。
そしてその後。
さすがにガトーショコラと紅茶葉をもらって何も無いのは失礼よね?とはいえ私の顔を見たくないようだしお礼を言いに行くのは気が引けるわ。
もっと言うなら私も会いたくないし、うーん。どうしたものかしら?
やっぱり、手紙にしましょうか。
その日、私は夫にお礼の手紙を書いた。夫婦間で同じ王宮に住んでいるというのに手紙とは、一体何なのだろう。
絶対こんな王太子夫妻は私たちだけだわ……と思った。
次の週。
ビヴォアール王太子夫妻が訪れ、公務として私と殿下は玄関口まで出迎えに向かった。
私が殿下と顔を合わせるのは三日ぶりだった。
公務以外で顔を合わせることが基本ないので、そうなる。
最後に会話らしい会話をしたのは二日目の婚姻パーティの日が最後。
私と殿下は連れ立ってビヴォアール王太子夫妻を迎えた。
ビヴォアール王太子は真っ赤な燃えるような赤い髪に琥珀色の瞳をしていた。なるほど、聞いた以上の美丈夫ね。
ルデンの王太子が美青年だとするならば彼は美丈夫と言う言葉がふさわしいだろう。
そして王太子妃の方は薄桃を溶かし込んだような淡い色素の髪にはちみつ色の瞳をしていた。
(あら、可愛い)
「出迎えに感謝する、ファルシア王子」
「こちらこそようこそおいでくださった、ガレット王子」
ビヴォアール王太子が挨拶をすると殿下も合わせて挨拶をする。
そして彼はガレット王子の隣にいるちまっとした女性を見た。
女性、というより少女、と言った方があっている。
彼女はどこか小動物を思わせた。
「初めまして、ファルシア王子。ビヴォアール王国 王太子妃のアヤナです」
「初めまして、アヤナ様。ガレット王子、最近新たな王太子妃を召されたと聞きましたが、彼女が件の妃なのですね?」
「ああ、可愛いでしょう?そしてそちらは貴殿の妃なのかな」
唐突に話を振られ、私は前もって用意していた微笑みを顔に張りつけた。
「お初にお目にかかります。ルデン国王太子妃 ユーアリティ・ルデンと申します」
「ほお………これはなかなかに美しいな。ファルシア王子はいい妃を貰ったようだ」
その言葉に殿下が柔和な笑みを浮かべた。
私たちは実際の関係は夫婦どころか知り合い以下の関係性だが、ふたりとも王族である。仮面を被るのは慣れていた。
「ええ、私にはもったいないほどですよ」