罠
「解毒法だって?解毒法ねえ………」
肩を震わせてミスターヒューリーが笑う。………何かおかしいことを言ったかしら?そのままミスターヒューリーはしばし笑っていたが、やがて私を見た。
「確かにピンクドロップは毒と称されるべき花だ。毒は薬にもなると言われるが、あれに限っては別だ。ピンクドロップは人体に害にしかならない」
「………」
「解毒法…………あの花の解毒法はあるっちゃある」
その言葉に思わず身を乗り出してしまう。解毒する方法がある………!?そのまま彼に質問する。
「本当ですか?」
「ああ、あの花の効果を消滅させる方法は一つだけ………簡単といえば簡単だが、簡単故に難しいだろうな」
「………?」
ミスターヒューリーの言葉がよくわからない。そのまま押し黙った私に、ミスターヒューリーが言う。
「茎だよ」
「根………?」
「ピンクドロップの根を煎じて飲ませりゃあいい。そうすりゃピンクドロップの効果は消える」
「根を………」
思ってもみない方法だった。黙った私に、ミスターヒューリーは扉によりかかりながら頷いた。
「そうさ。だがアレは違法植物だからなぁ。どこに育ってるかは分からん。だから言ったろう?簡単だが難しい、と」
「…………」
その言葉にふと思い出す。
確かディアーゼが言ってなかったか。アヤナ様の持っていた花………ピンクドロップは彼女の生家、男爵家の裏側に咲いていたと。ディアーゼをどこまで信じるか。だけど情報が不足している今、不確かなそれですら信じる他ない。
ピンクドロップの解毒法が分かれば未来は開ける。この国はおかしい。それにアヤナ様と………そしてこの花が関わっているのはほぼ間違いないと言っていいだろう。
ーー小さな、小ぶりな花束ですけど………。思えば、あれからガレット様はおかしくなったような………
この言葉を信じるなら、ピンクドロップの効果にあてられたと考える方が確かだ。ガレット王子も、その周りの人間も。
私が黙って考え込んでいると、ミスターヒューリーが不意に言った。
「ワシぁ寝る。最近忙しくてな、なかなか寝てないんだ。青い本棚の上から2番目の棚は全て違法植物についての本だ。好きに探せばいいさ」
「………あの」
ミスターヒューリーの言葉を受けて、ずっと聞きたかったことが喉にせりあがる。気になっていた。どうしても聞かなくてはいけないと思っていた。今はそれを聞くチャンスだ。
「………随分親切にしてくださるのですね」
私が言うと、ミスターヒューリーが口端を僅かに上げた。ずっとおかしいと思っていた。ミスターヒューリーも、そしてグランも。私に親切すぎる。ただの小娘にここまでしてくれるのはおかしい。
「親切すぎて怪しいか?」
正直、その通りだ。
だけどそれには肯定も否定もせずにミスターヒューリーを見つめた。
「アンタが頭の足りる人間で良かった」
「…………」
どういう意味だろうか?
鋭く彼の言葉を何一つ逃さないようにじっと黙る。ミスターヒューリーは少しだけ笑った。
「不安そうなアンタに一つだけ教えてやろう。アンタに親切にするのはワシも、アイツも打算的な意味合いがあるからさ」
打算的な………?いや、それよりそんな顔に出ていただろうか、確かに不安ではあったが、表情を取り繕うのは得意だと自負している。訝しく彼を見る。
彼とグランは私に利用価値があると言った。私がルデンの王太子妃だと分かった………?いや、もし知っているのならこんなぬるい手はとらないはず。ということは、私がルデンの王太子妃でなくても利用価値があるということ。
彼らは私が貴族の娘だということしかわかっていない。裏を返せば、貴族の娘というところに利用価値があるということになる。
「群生地の記載はないだろうが栽培しやすい土地柄なんかは載ってるだろ。ワシもう寝るから、好きにしな」
「ありがとうございます」
そのままミスターヒューリーは扉を閉めて部屋から出ていってしまう。部屋には私だけが取り残された。
………私にいくら利用価値があったとしても無防備すぎないかしら?最悪私が物取りだったり、猟奇殺人犯だったらどうするのだろう。
他人事ながら心配になってしまったが、彼にも何か考えがあるのだろう。恐らく、きっと。
……ここから、どうしようかしら?
グランも、ミスターヒューリーも親切にしてくれるが信頼できる訳では無い。ディアーゼの言葉だって全てが全て信じられるというわけでは無い。
だけどある程度は信じないと道しるべそのものを無くす。
とにかく今は本から情報を得ることを優先しよう。
そう思い、私は青の本棚の上から2番目の本を2、3冊手に取った。




