状況的判断 /ファルシア
「大丈夫ですか?ユーアリティ様は体調を崩されたとか………」
ガレット王子が心配そうに聞くも、ルデンの王太子であるフェシーはやんわりと言葉を返す。
「ええ、どうやら長旅の疲れが出てしまったようで………。今日の朝は体調がいいということで茶会に出たらしいんだけれど、やはりそこでも体調が悪化したみたいでね………。ガレット王子には申し訳ないが、ユティの体調が良くなるまでここに滞在させて欲しい」
「それは構わないですが………」
ちらりとガレット王子が自分の妃を見る。ビヴォアールの王太子妃、アヤナは目を丸くしてファルシアを見た。
「今日お茶会に出たんですか?ユーアリティ様が?」
今度はしっかり名前を覚えていたらしい。目を丸くして聞くアヤナに、ファルシアが僅かに微笑んだ。
「ええ」
「えっ…………本当に?」
「そうだけれど………何か問題が?」
「…………いえ」
長く押し黙ったのち、アヤナが答える。だけど顔には大きく納得していないと書いてあった。それを見てガレットが首を傾げる。ファルシアはそんな二人の様子をやはりにこやかに見ていたが、不意に隣に控えていた女性を彼らに紹介した。
「レデオ伯爵夫人が介抱してくれたらしいんだ。そのお礼を今言っていたところなんだよ」
暗に伯爵夫人と話していたのに礼儀もなく話しかけてくるな、とファルシアが遠回しに匂わせる。だけどそれに気づくアヤナとガレットではない。
アヤナはちらりと紹介された伯爵夫人を見た。茶髪で、柔和な表情をした妙齢の夫人だ。歳は二十代後半だろうか。夫のレデオ伯爵とは仲がいいと聞く。
「お初にお目にかかります、アヤナ妃殿下」
「………あなたがユーアリティ様の介護を?」
介護とはまた酷いいいようである。さすがの言葉にファルシアが眉をしかめる。しかし咎めるものはいない。
今は流しておくべきだろう。そう思ってファルシアも視線を流した。
「介護、というよりはお手を貸させていただいただけでございます。ユーアリティ様は責任感が強くてらっしゃるから、自分から言い出さなかったのですけれど話をしているうちに彼女の顔色の悪さに気付きまして………」
「もしかしたら身ごもったのかもしれないね」
「みっ………!?」
声を上げたのはやはりアヤナだった。軽い調子で言われて、ガレット王子も意外そうにファルシアを見た。
「そうか。あなた方も新婚でらっしゃいましたね」
「ああ。ユティにはその可能性もあるから大事を取って休んでもらってるんだ。………大事な妻の危ない時に助かったよ。レデオ伯爵夫人」
「いえ、そんな」
にこやかにレデオ伯爵夫人が微笑む。それを見ていたガレットはちらりと意味深にアヤナに視線を飛ばすが、アヤナはそれどころではない。
(なっ…………子供とか!冗談じゃないわよ!)
しかも予定と違う。
アヤナは頭の中で忙しなく計算を始めた。“猫に花束を”のゲームはNTR前提のゲームではあるが、攻略対象に子持ちはいない。さすがにそこまで濃い内容にするつもりはなかったのだろう。子持ちとなるとどうしても離婚だの親権だの話が出てきてどうしたって現実味を帯びてしまう。もっといえば親権を得たとしても実子じゃない子供と攻略対象と過ごす乙女ゲームはさすがに有り得ない。そういった理由で子供はいなかったのだが、ここにきてまさかのユーアリティの妊娠疑惑。
(どういうこと………?ファルシアは女嫌いなのではなかったの?なのに手を出したの?意味がわからない………)
未だにこの世界を“ゲーム”と思い込んでいるアヤナには理解が追いつかない。それにおかしい。ユーアリティは既に王宮にはいないはずだ。アヤナが自分で手を下した訳では無いが、アヤナのためにと勝手に周りがさらったのは知っている。
そしてそれを煽ったのももちろん自分だと知っている。彼女は既に城にはいないはず。だけどレデオ伯爵夫人はユーアリティと会ったと言ってるし、お茶会にも参加したと言っている。
(どういうこと…………?何が起きてるの)
思わず黙り込んでしまったアヤナの横顔を、表情の消えた顔でファルシアが見ていたことなど、彼女は気づいていなかった。
ユーアリティが行方不明になったという情報が入ってきたのは遅く、その日の夜のことだった。いつになってもユーアリティが図書館から戻ってこないのだ。
いくら夢中になっているとしても夜はパーティがあることを彼女も知っているはず。その準備があるにも関わらず彼女が戻らない。これはおかしい。
しかもユーアリティの護衛にとつけたアトランの姿もないと言う。
「状況を」
「出入り口を見張ってた御者と騎士の報告では妃殿下は図書館から出ていないらしい」
ファルシアが凍てつくほど冷えた声で側近に聞く。ケイバードはそれに落ち着いた声で返した。ぺらりと文書をめくりながらなおも続ける。
「状況的判断より、裏口から妃殿下は誘拐された可能性が高い………と。こんなところだな」
「裏口があったのか?ならばなぜ警備しなかった」
「いや、これはただの推測だ。表からでてないって言うなら裏から連れ去られた可能性が高いだろ」
「…………分かった」
短くファルシアは言うと、僅かに目を閉じた。そしてゆっくり目を開ける。
「…………ケイバート。お前は図書館に向かってユティの痕跡を探せ」
「お前はどうするんだ?」
「………僕にはすることがある」
口端を僅かに上げてファルシアが答える。その瞳は怪しい光を持っていた。




