猫に花束を
そう簡単に上手くいったら世界調和が崩れるよね、という話
そのあとアヤナ様はこちらが怖くなるほどに大人しかった。なにか言ってきたり騒いだりするかと思ったけれど………
拍子抜けである。
そのあと予定されていた夜会が開かれ、私とフェシーは申し訳程度に一曲踊ると、そのまま部屋に戻った。
アヤナ様は私に何を言うでもなかったが、まとわりつくような視線だけは隠しようがなく、なんだか居心地が悪い。ついでに気分も悪いわ。
その日、昨日の緊張が嘘のようにぐっすり眠り、私は次の日を迎えた。
フェシーがいると分かっていたからか私の寝起きはそこまで悪くなかった。ミアーネに起こされるまではやはり爆睡しているのだが、フェシーに声をかけられた途端飛び起きた。ミアーネはやはりフェシーを見て『これは使える………』と真剣な顔をして呟いていた。使わないで欲しい。
そして朝食の前の散歩をしながらフェシーが突然話を切り出した。
「何かわかった?」
「…………え?」
「昨日の花。ユティ、気にしていたでしょう?」
「あ、え、ああ。うん。そう、ね」
昨日の花、と言われて思い当たったのは薄紫の花束だった。あれは飾るのもなんだかな、と思い部屋で干している。ドライフラワーにするつもりだ。
結局、フェシーの言う通りになってしまった。栞にしないだけで。形に残すことになってしまう、よりによってアヤナ様から貰ったものを。
同時に昨日花束をたたき落としてしまったことも思い出し、憂鬱になる。完全に自己嫌悪だ。本当、なんであんな行動に移してしまったのかしら?ばか。
フェシーを見ると、彼は前を向きながら楽しそうに口角を上げた。
その瞳は透き通るような緑で、その対比にやはりどきりとする。
「ユティがあんな態度に出るということは、なにかあるんだろうなと思ったよ」
フェシーは、私の態度を、花束になにかあると受け取ったのか。
そうして貰えると私としてもありがたい。
「何かわかった?」
フェシーから尋ねられる。
「昨日は……ごめんなさい。花については、調べてみたけれど、あまり知られていないみたいで。名前すらまだわかってないわ」
「そう。僕の方でも調べてみようか?」
「ん……」
確かに、王太子であるフェシーが調べた方が早いかもしれない。そう思ったところで、彼がさらに言葉を続ける。
「後で調べるから花を一輪貰えるかな?」
「……嫌」
「…………えっ」
「あ」
それまで流暢に返答を返していたフェシーがそこで固まった。滑るように出てきた発言に、フェシーだけでなく私も驚いていた。考える間もなく断っていた。
本来であればフェシーの協力があった方が絶対早いのに。花を一輪渡すのが嫌だった。それは、なぜなのか。
もう少しで答えがわかりそうなのに、答えを見つける前にするりとそれが逃げていく。その気持ちから目を背けたくて、私はあえてその答えをおわなかった。
きっと自分の力だけで解決したいからだわ。元からそこまで自分一人で解決したいと思っていたわけではなかったが、咄嗟に断ったということはきっとそうだ。そう決めつけて、私はつんとフェシーの反対を向いた。
「ごめんなさい。あの、私自分一人で調べてみたいの。もう少しだけ時間をちょうだい?」
「ん?……うん、……うん、わかった」
フェシーの頭の上には疑問符が沢山踊ってることだろう。こんなにも納得のいってない“うん”を聞いたのは初めてだった。色んな感情が混ざり押し込められたような声。
私はそれには関わらず、フェシーの前を歩いた。何となく、今の顔を見られるのは嫌だった。
×××
そのゲームはいわゆるヌルゲーと言われるものだった。ある程度攻略対象の親密度が上がれば、あとはアイテムを使えばぐんぐん上がる。
それは運営の方針なのか、親密度を一定値まであげるのが大変という謎仕様だった。
軌道に乗るまでが大変、を体現したようなゲーム構成。恐らくそれがユーザーにうけると思ったのだろう。
実際、そのゲームは非常に大ブレイクした。一風変わったシナリオもユーザーの気を引く理由だったのだろう。
そのゲームは“寝取り”をテーマにした内容だったのだ。
婚約者、配偶者がいる男を文字通り寝とる………それがその“ゲーム”のコンセプト。
何回か話しかけ、親密度が20を超えればそこからは簡単だ。アイテムを使って一気に親密度を増やせばいい。そうすれば攻略対象は相手の女に見向きもしなくなり、自分のみをその目に映す。
おそらくソレがこのゲームがうけるきっかけとなった。
ゲームによって得られる、優越感。ほかの女ではなく自分を選ぶことにより得られる自尊心。
それを最大限に引き出したのがこのゲームだった。皆、黙っていても汚い感情を隠しているものだ。
誰だって優越感に浸りたい。他人よりも上だと認識して、それによって得られる快楽に浸りたい。おそらく誰しもが大なり小なり持っている本能ーーー。
彼女は元は社会人だった。
毎日会社に出社し、仕事をこなし、定時に退社するどこにでもいるOL。
だけど彼女はコミニュケーション能力が圧倒的に不足していた。端的に言えば暗い、と表現される性格。昼休みは一人で食事をとり、廊下ですれ違っても挨拶はされない。常に下を向いているようなイメージの女性。いるのかいないのか分からない、空気のような人。まれにそういった人もいるだろう。
そんな彼女はもちろん恋をすることもなく、恋をしたところで成就するものでもなかった。
彼女はそのゲームにハマった。いつも自分を見下してるように感じられる周りを、見下す快感。それに囚われてしまったのだ。
趣味の範囲ならなんら問題ない。誰しもそういった欲求は持っている。
だけど彼女は何の因果か、偶然か。はたまた運命だったのか。
そのゲーム…………
『猫に花束を』というゲーム世界に生まれ変わってしまったのだ。それも、ヒロインという立ち位置で。




