花束(2)
薄紫の花………紫の花………
付け焼き刃の王妃教育で受けた知識を総動員させる。
薄紫といえばローズマリーの花?でもあれはどっちかと言うと青………それにローズマリーならディアーゼだって気づくはずだわ。ダメだ、情報が足りない。もっとディアーゼに聞いておくんだった。
珍しい薄紫の花…………花収集家に聞けば少しは分かるかもしれない。
黙々と修道院をあとにする私にアトランがなにか言いたそうにしている。
「………何?」
「いえ、随分難しそうな顔をされてるので……」
難しい。そう。かもしれない。というより難しいに決まってるわ。手がかりは薄紫の花しかない。私はため息をついて、ダメもとでアトランに聞いてみた。
「薄紫の花でなにか思いつくことある?」
「薄紫の花ですか?………パンジー?」
「パンジーは紫というより青や紺………」
うーん、やっぱりダメだわ。
この国にのみ群生する種類かもしれないし、やっぱりあとで図書館に向かいましょう。
そのまま馬車に揺られると、やはり昨日緊張してあまり眠れなかったのか、すぐに眠りに落ちてしまった。
王宮についたと御者に声をかけられて目が覚める。変な体勢で寝たせいか腰が痛い。
狭い馬車の中、伸びをする。王太子妃のために用意された高価な馬車とはいえ、それでも狭いものは狭い。
私は周りに誰もいないのをいいことに小さく欠伸をこぼした。そうするとじわりと涙が滲んで、それを手で振り払う。
そのままアトランの手を借りて馬車をおりる。この後特に予定はなかったはずだから、部屋で大人しくしてようかしら。
少し疲れたから眠るのもいいかもしれない。
図書館に向かうには時間が足りない。
あと数時間もすれば夜会の準備をしなくてはならない。図書館に行っていたら準備する時間はなくなるだろう。
夜会なんてなくたっていいのに。心の中で毒づきながらアトランを連れて部屋にむかう。フェシーはまだ部屋に戻ってないかしら。彼は彼でやることがあるようだし忙しいのだろう。
未だ眠気を引きずりながら自室に向かえば、部屋を守る騎士と目が合った。
その時気まずそうに目をそらされて、違和感を覚える。
………何かしら?
それに構わず部屋を開ければ、聞きなれた声が耳に入ってきた。
「どうしてですか?私は国の親交をはかって………」
「うーん、それなら私とユティに、という形で。こうして渡されるときみ個人からの贈りもののように思えてしまうから、ね」
その言葉に思わず大きく扉を開いてしまった。
目に思わず剣呑な光がやどる。視線を動かすと、目的の人物はすぐに見つかった。
それは私の夫たるフェシーと………この国の王太子妃であるアヤナ様だ。
フェシーはともかく、アヤナ様はなぜこの部屋にいるのかしら?
私の部屋を開ける音で二人とも気づいたのだろう。アヤナ様は分かりやすく顔を顰め、フェシーはわかりやすくほっとしたような顔をしていた。
妻に見られて安堵するな。
アヤナ様くらいなんとか自分でかわして欲しい。
……苦手と言えども!
正反対の反応を見せる彼らに一体何があったのかと思い、さらに視線を動かす。
そして、フェシーの手に薄紫の花束が握られているのが目に入った。
ーーー小さな、小ぶりな花束ですけど………。思えば、あれからガレット様はおかしくなったような………
「───」
ディアーゼの言葉が脳内に蘇る。フェシーの手には、薄紫の小ぶりな花束がある。控えめな花束は可憐で、可愛らしい。
ディアーゼの言っていた花だ。
そう思うと、思わず行動に移していた。私は黙ってフェシーのそばに歩み寄ると、ばっとその腕を掴んでしまった。その拍子にパサリと花束が床に落ちる。
腕を掴まれたフェシーは驚いたように私を見た。その視線にはっと意識が戻って、私は掴んだままの腕をそのままに硬直した。
わ、私何をして…………
しっかりがっつり掴まれたフェシーの服はシワがよってしまっている。だけどこの状況で手を離すのもなんだか気まずくて、どうしようもなく硬直するしかない。
「………ユティ?」
「あ、えっと………」
固まった私にフェシーが声をかける。私はなんて答えていいかわからない。アヤナ様の顔も見れない。
………普通に考えて、この花は貰っておいた方がいい。
その方がこの花を探るのに一番早いからだ。ものが手元にあるのなら情報収集もかなりしやすくなる。
私が掴んだ拍子に床に落ちた花束を、本当なら貰った方がいい。それでも、だけど、私は…………フェシーにそれを渡されるのが嫌だった。それはなぜ?わからない。でも、それを受け取られるのは嫌だった。
黙り込んだ私に、フェシーが小さく笑った。
思わず見ると、澄んだ空色の瞳と目が合った。
「ユティも戻ってきたことだし……。アヤナ様、あなたから私たち夫婦に、ということで。有難くこの花束はいただくね」
「あ………」
アヤナ様の声が後ろから聞こえてくる。フェシーはそのまま私の手を取って離させると、そのまま身を屈めて花束を拾った。何枚かは先程の勢いで床に落ちてしまったらしい。………可哀想なことをした。いくらアヤナ様の用意した花束だからってこの花束に罪はないのに。
「ユティは花が好きだよね。せっかくだから栞にでもする?」




