花束
「アヤナ様について、知ってることを教えて欲しいの」
私が本題を切り出すと、ディアーゼはそのまま俯いた。そしてややあって口を開こうとしたが、躊躇する。
私は彼女が話し始めるのを根気強く待った。やがてディアーゼは重ねた手にぐっと力を入れながら絞り出すように話し始めた。
「…………私の話は、誰も信じません」
自嘲するような声音が混ざる。きっと彼女はさんざん訴えてきたのだろう。それもそうだ。本来であればガレット王子はディアーゼの婚約者。婚約者がいる男性に言いよるなんて普通じゃ考えられない。淑女として注意するくらいは普通だろう。だけどなぜか、この国ではアヤナ様を糾弾するような方が悪とされる。それはなぜなのか。
「今聞いてるのはわたくしよ。わたくしはあなたの話を頭から否定するつもりはありません」
「……………ガレット様は、とても聡明な方だったんです」
やはりややあってからディアーゼが話しだす。忙しなく手を組みかえ直した。静かな声だけれど、おそらく混乱しているのだろう。
そう言えばフェシーも言ってたわね………
ーーー話を聞く限りガレット王子はもう少し頭がキレると思っていたんだけど
そして城のメイドも言っていた。
ーーー王子様って?すごい聡明だとうかがいましたけど
ーーーやだぁ、それいつの話よ!?
ーーー少なくとも一年以上前ね!ディアーゼ様がいらっしゃった時の話よ!
ディアーゼがいる時は聡明だったとされたガレット王子。彼はなぜいきなりあんなポンコツになってしまったのだろう。たたけば音が鳴るレベルで脳には何も詰まってないのではないかしら。
私は神妙に相槌を打った。
「ですが、いつからかあの方が…………。わたくしの努力不足だったことは認めます。ガレット王子のお気持ちを留めさせておくことができなかったのは紛れもなく、わたくしの落ち度です」
「ディアーゼ様…………」
つい、思わず敬称をつけてしまった。ディアーゼはアヤナ様のことを思い出して公爵令嬢だったときのことも併せて思い出してしまったのだろう。
ディアーゼは私の言葉にハッとすると首を振った。
「今言っても遅いですけどね」
「………ガレット王子の心変わりはディアーゼのせいではありません。王家の婚姻は大半が心が伴わないもの。ガレット王子もそれを知っていながら婚約破棄だなんて………」
ルデンに来た当初、まだこれが婚約段階であればぶち壊したものを、と思ったことは脇に置いておく。
私の言葉にディアーゼはぐっと拳を握った。嫌なことを思い出させてしまって申し訳ないが、もう少し話を聞かせて欲しかった。
「………アヤナ様は何をしたの?」
「………何を、とは?」
「普通に考えて、婚約者がいるのにほかの女性にうつつを抜かした挙句婚約破棄だなんて醜聞、ありえないわ。アヤナ様はガレット王子に何かしたのではないの?」
暗に絶対何かしただろ、という意味を込めて言えば、ディアーゼは目を白黒させながらも首を振った。
「いいえ、アヤナ様は何も………。私も最初、それを疑ったのですが」
「…………そう」
手がかりなしか。ここまできて収穫ゼロなのは少し厳しい。道しるべが潰えてしまった。心の中で溜息をつき、この後どう動こうか悩む。
黙り込むと、ディアーゼがおずおずと言い出した。
「ただ…………アヤナ様は毎日ガレット様に花を贈っていました」
「…………花?」
「はい、小さな、小ぶりな花束ですけど………。思えば、あれからガレット様はおかしくなったような………」
「ディアーゼ、その花の名前を教えて」
思わず口に出すと、ディアーゼは困ったように眉を下げた。そしてふるふると首を振る。
「申し訳ありません、名前までは………」
「どんな花だったの?」
「薄紫の……アネモネよりは薄くて………イヌサフランよりは少し濃かったような………」
「あなたはその花、見たことあって?」
「………いいえ。確か、アヤナ様のご実家で咲いた花だとか………。ガレット様が話していた気がします」
王太子妃として教育を受けた彼女は、あらゆることに精通している。それはもちろん花の名前もその分野のひとつだろう。国賓を招いた時どんな話題でも話せるようにという理由からだ。
そんな彼女が見たことの無い花………。
確かアヤナ様は元男爵。このままアヤナ様のご実家にこっそり行くのは危ないだろう。万が一彼女に情報が漏れたら間違いなく怪しまれる。最悪冤罪を吹っかけられる可能性すらある。ここは他国、ビヴォアール。ルデンではない。
下手な真似は極力避けるべきね………。合法的に、彼女も同意の上でアヤナ様のご実家に行くことは出来ないかしら………
とりあえず今は無理だろう。
まずはその花について図書館で調べることくらいか。
「ありがとう、ディアーゼ。話してくれて」
「いえ………私など。お役に立てましたか?」
健気に言葉を返すディアーゼに、私は大きく頷いた。
「ええ。待っていて、ディアーゼ。わたくしがあなたの無罪を証明してさしあげます」
そう言うと、ディアーゼは目を見開いた。




