シスターとの対面(2)
ディアーゼを連れてきたシスターは私に礼を執ると粛々と部屋に戻っていった。客間には私、ディアーゼ、アトランの三人のみになる。私はちらりとアトランを見ると、下がっていいという合図を出した。合図と言っても手を軽く振るだけなのだが。
しかしこれにはアトランが渋い顔をした。
「少しお話するだけだから」
後ろに控える図を崩さないアトランにさらに私がそう言い募ると、ややあってアトランが私に答えた。
「………十分したら様子を見に参ります」
「分かったわ」
そんなに警戒しなくても相手は丸腰のシスターなのよ?そんなに警戒する方がおかしいわ。フェシーに私の警護をいいつかっているとはいってもこの念の入りよう。フェシーになにをふきこまれたのかしら。やりにくいったらない。
私はディアーゼに向きあうと、淑女らしくおっとりと微笑んだ。向こうもそれに気づいたのだろう。社交界で振る舞うような笑みに、ディアーゼが視線をそらした。
「…………なんの御用でしょうか?」
ディアーゼは私に誰か聞かない。通常下のものから上の者に身分を問いかけることは許されない。知ってて当然だからだ。もし聞かれたから聞かれた方は侮辱ととるし、最悪貴族の不敬罪で罰せられてもおかしくない。
元貴族令嬢の彼女はその辺をしっかり覚えていたのだろう。公爵令嬢であった時は気にならなかったであろう貴族のルール。そんな彼女がまさか平民になるとは誰も思わなかっただろう。
彼女の身に起きたことを思うと気の毒でならない。もし彼女が嫉妬にかられアヤナ様をてひどくいじめていたとして、それでも彼女を責める気にはなれなかった。それは私もアヤナ様のことを快く思っていないからだろう。本来であればいじめなんて行為は非道で、許されない。それはわかっているが、だけどアヤナ様の方にも問題があると思う。夫がいるというのに既婚男性に目を向けるなんてとても淑女のすることとは思えない。
私はディアーゼに視線を向けると、滔々と話し始めた。
「この国の王太子妃殿下は随分奔放なようね」
「…………」
その言葉にぴくりと体を動かしたが、ディアーゼは何も言わない。ここはあえてアヤナ様を口撃する内容を口にしよう。下手に言ってもディアーゼに警戒されて話を聞けない恐れがある。二人きりとはいえどこから情報がもれるかわからない他国で、その国の王太子妃を貶すなんて普通できない。
私はすっと目を細めてうっとり笑った。淑女らしく、女性らしく。サロンでたまに見かける毒花のような貴婦人をイメージしながらディアーゼに話しかけていく。
「あの方、わたくしの夫にも色目を使って…………本当、困ったことだわ」
「…………恐れながら、その話はあまりされない方がいいかと思われます」
「信じられる?自分も既婚者のくせして、妻のいる夫に声をかけるのよ。それもルデンの王太子に。………隣にその王太子妃がいるっていうのにね」
にっこり笑って答えると、ディアーゼが黙って息を呑んだ。私が高位貴族であることは分かったようだけど、さすがに他国の、しかもルデンの王太子妃だとは思わなかったらしい。目を瞠って黙り込むディアーゼに、私はなおも言葉を重ねた。
「ディアーゼが王太子妃だったら…………この国とルデンの未来もあったかもしれないのにね」
「……………王太子妃、殿下」
「ふふ、ご挨拶が遅れました。わたくしはルデン国の王太子妃、ユーアリティ・ルデンと申しますの。ディアーゼに聞きたいことがあってここまで来たのよ」
震える声で呼ばれて、にっこりとそれに返す。茶番はこのくらいにした方がいいかしら。いえ、きっと本心を言ったところで彼女は何も話さないわ。だってもう、ずっと諦めた瞳をしている。彼女に本当のことを言ったって黙り込んで話してくれないのが落ちだわ。
それならこの茶番をもう少し、少なくともディアーゼから情報を引き出すまでは続ける必要がある。
「全く。アヤナ様には困ったものね。わたくしのことすら見えていなくて、フェシーに夢中なんだもの」
「…………」
ディアーゼが黙って俯く。私は一息置いて、確信をつく本題にはいることにした。
「それで………この国に来る前に奇妙な噂を聞いたの。………ねえ、ディアーゼ。あなた、アヤナ様に奪われたんでしょう。ガレット王子を」
最も、ガレット王子は奪われて惜しむほどの男ではないようだけど。私は内心でつけ加えた。
言葉をどう選んだって濁せない。それなら、と直接的な言葉を選ぶと、彼女は息を呑んだようだった。
ぎゅ、とその手が服を強く掴む。薄いシスター服にシワがより、彼女の拳の強さを感じさせた。
「わ、…………私、は」
「わたくし、これでも元王女なの。王宮内部のことについて、詳しい方なのよ」
詳しいと言っても他国だけど。
心の中でやはり付け足すと、唇を震わせながらディアーゼが私を見た。
私が元王女だと知らなかったのだろう。血の気の失せた顔を上げ、私を見てくる。
「…………ユーアリティ妃殿下は…………」
「堅苦しいのはいいわ。二人きりなのだもの。ユーリって呼んで。仲がいい人はみなそう呼ぶの」
「…………」
そういうと黙り込んでしまった。しまった、少しやりすぎてしまったかしら。




