シスターとの対面
用意を整えて客間に向かうとフェシーがソファに腰かけていた。
出された紅茶に口をつける所作はなんというか………
ザ、王子様だわ。
まあ実際彼は王子なので王子然としていてなんら問題ないし、むしろ素晴らしいことなのだがなんとなく微妙な気分になった。生まれつきの王族の気風というのが彼には備わっているからかもしれない。
「ユティ、目は覚めた?」
「随分前に」
「そう、ユティは朝弱いんだね」
「ふふ………」
誰もがあなたみたいに完璧だと思わないで欲しい。朝だと言うのに爽やかな笑みを振りまくフェシーに内心毒づきながら私はソファに近寄った。そのままフェシーの対面に座ろうとしたが、その前にフェシーが私の元に歩みよった。そしてぐっと手首を引かれ、彼の腕に納まった。
朝のハグである。
ふわりと香るフェシーの匂いにまたしても体が固まる。
これは香水なのかしら………?
場違いにもいい匂いの正体を予想する。
清涼感漂うその匂いと、柔らかさにほっと息が抜けた。
「よし、じゃあ庭に行こうか」
「えっ………あっ、そう、そうね」
妙に緊張してしまったがあっさりフェシーは私を離した。挨拶のような軽いハグをするとそのまま踵を返す。
私もそれに続いて客間から出た。案内を申し出ようとしたメイドにフェシーが断る。
「ユティと二人で見たいから、下がっていて構わないよ」
「………」
いくら体裁のためとはいえこれはなかなかに恥ずかしい。メイドの顔が少し赤らんだ。だけど今ものすごく恥ずかしいのは間違いなく私のはずだわ……!
だけど感情を表に出さないように必死で顔を取り繕った。
そのまま王宮を出て庭に出る。閑散とした朝の静謐な匂いに少しだけ落ち着いた。
朝の散歩は好きだ。朝は苦手だけど、朝のこの雰囲気は嫌いじゃない。
そのままフェシーのあとをついてあるけば彼の色素の薄い髪がふわりと風にゆらされる。悔しいことに彼の顔を見る度に私は思うのだ。
本当、綺麗な顔をしているわ。
「ユティ。昨日のことなんだけど」
言われてどきりと心臓がはねた。寝ているフェシーにちょっかいをかけたことが思い出される。まさか起きてなかった………わよね?探るようにフェシーを見ると、彼は花々に視線をうつしながら私の声をかけた。
「今日修道院へ行くんだって?」
「えっ!?あっ………ああ、うん。ええ、そうよ」
戸惑いながらなんとか答える。
フェシーはそんな私を見て口端に薄い笑みを浮かべた。
「今日は………いや、今日も、夜会が開かれるんだそうだよ。僕ときみの来訪を祝う席らしい。連日夜会だなんてあほらしいけど、主役としては出ないわけにはいかない」
………私たちの婚姻パーティの時も三日連日で夜会が開かれたわね。もしかしてあの時もあほらしいとこの王子は思ってたのかしら。
でもまあ、正直同意だ。
たかが数日滞在すると言うだけでこの騒ぎ。他国の王族が来るだけで何日も歓迎パーティを開いていれば国庫がすぐ底を尽きるのではないかしら。
「パーティはバカらしいしあほらしいけど………ドレスアップしたユティを見るのは楽しみだな。これは本当だよ?」
その時顔に影が差したかと思いきや、ぐっと距離が縮められた。
さんさんとふりしげる太陽がフェシーの後ろに見える。
びっくりして思わず半歩下がりそうになれば、しかしそれより早くすっとフェシーが足を引いた。
距離がまた戻る。
「………ドレス姿なんていつだって、」
見られるじゃない、という言葉はフェシーの声に被せられて消えた。
「僕のために着飾ったユティが見たい……っていうのは、欲張りかな」
「へっ。あ、あなたのため?」
「うん、夫たる僕のために。………着飾ってくれるんでしょ?」
「…………」
夫、というワードを出されてしまえば頷く他ない。しかし私たちの来訪を祝うパーティでなんで彼のために着飾らなくてはならないのかしら。
むっとして私はフェシーを鋭く睨んだ。
「私は、ルデンのために着飾ります」
「はは。うん、まあそっか。そうだよね。そうして」
思った通りの返答ではなかったはずなのに、フェシーは小さく笑ってまた視線を前に戻した。
視線が外され、なんとなく居心地が悪くなる。
そうこうしているうちに時間は経ち、あっという間に朝食の時間になった。正直お腹がかなり空いていたので助かった。
運ばれてきた美食を口にしながら私は今日の予定を脳裏に思い描いた。
×××
訪れた修道院は思った以上に寂れていたし、警備もずさん。護衛についてきた騎士の彼…………昨日は私のわがままに付き合わせてしまった彼は、名をアトランというらしい。茶髪に懐っこいアーモンド色の瞳をしている。背は平均的、腕も平均的に見える。正直平凡というワードが似合いそうな人だった。だけど王太子妃の護衛に選ばれるくらいだ。こう見えて腕はたつのだろう。
ギャップって本当にあるのね………。
しみじみ思いながら修道院の扉を開いた。
絹糸のような長い髪。その一本一本が美しく、思わず私は息を呑んでしまった―――
ディアーゼ・ミッシェルフォン元公爵令嬢はとても美しかった。波打つ黒髪に、神秘的な琥珀色の瞳。艶やかな美女、という言葉がまさに似合っていた。そんな彼女がシスター服に身を包んでいるのはなんとも神々しく、思わず私は魅入ってしまった。
シスターに連れられて客間にやってきたディアーゼは私を見ると、出で立ちでだいたいの地位を把握したのだろう。すっと流れるように礼をとった。
「初めまして、シスターのディアーゼと申します」




