込み上がる気持ち
静かさだけが漂う空間の中、やはりぱっと目を開けてしまう。
ね、寝られるわけがない………!!
ベッドに入り込んだのはいいものの、目が冴えてしまって全く眠れる気配がない。この後フェシーが戻ってくるのかと思うと変に意識してしまって眠気も冴えてしまう。
私は寝返りを打ちながら壁側を向いた。こっちを向いていればフェシーが布団に入ってきても目が合うことは無い。
妙にいたたまれなくてモゾモゾと居心地悪く体を動かす。そうして一体どれほど経ったのか………。
ガチャりと扉が開く音がして、私はみっともないほどに驚いてしまった。びくりとシーツを握る手に力が篭もる。
顔は、絶対向けられない………。
そのまま狸寝入りを決め込もうとした私に、フェシーの声がかかる。
「ユティ?」
「…………………う。はい」
消え入るような声で答える。だって仕方ないじゃない、狸寝入りってバレたら多分今の比じゃないほどに恥ずかしくなる。
掠れた蚊の鳴くような声で答えた私に、フェシーが息を呑んだ音がする。何かしら、寝てろって言ったのに起きてるから驚いたの………?
そちらを見る気にはなれず、私は頑なにシーツを握って目を瞑っていた。
「起きていたんだね」
「眠れなくて………」
「ああ、そうか。そうだよね」
納得しながら心当たりがあるのか笑みをこぼすフェシーに思わずそちらを見てしまった。ベッドから見る彼は、なんだかいつもより色気に溢れていて反応に困る。
黙り込んだ私をよそに、フェシーはそのままベッドに腰かけた。ぐっと距離が近くなってますます訳が分からなくなる。
「っ………」
「ユティ、少し、昔話をしない?寝物語にでも」
「へ………?」
抜けた声を出す私に、フェシーはそのまま言葉を続けていく。そうしながらベッドに身を潜り込ませ、自然に私との距離はまた近くなる。ぐっと距離が縮まりフェシーのシャンプーの匂いがうっすら香ってくるような気がして、そんなことを考えている自分に愕然とする。はしたなすぎる。破廉恥だわ………!
フェシーと目が合う。翡翠色の瞳に私が映し出され、瞳の中が分かるほどに距離が近いのだと今更ながら思った。
フェシーとこんなに近距離で対面したことは無い。
「ユティは昔、どんな子供だったの?」
「………え、ええと」
「好奇心旺盛でお転婆だったんじゃない?」
くす、と笑いながらフェシーが言う。その言葉に思わず言い返そうとしたけれど、何を隠そう。その通りなので無意味に口を開閉するだけになってしまう。
「そ、そういうフェシーはどうだったの?」
なので方向転換をすると、フェシーは少し目を細めて懐かしむように答えた。なんだかその仕草に魅入られてしまいそうになり、はっとして視線をそらした。
な、何かしら………今日の私はおかしいわ。それはこの近すぎる距離のせいなのか、ビヴォアールという他国にいるせいなのか、その両方なのか。私にはわからなかった。
「静かで、大人しくて、陰湿な子だったよ」
うーん、なんとなくイメージがつく。
全体的にフェシーは静かだし、落ち着いている。陰湿そうなところもうなずける。妙に納得してしまった私はフェシーにじとりとした目で見られてハッとした。
「そ、そうだったの」
「今、有り得そうって思ったでしょ」
「やだ、そんなこと思ってないわよ?」
応えるとはぁ、とフェシーがため息をつく。視線をそらした私に、フェシーの視線が絡みつくのが気配でわかる。
「……僕は、ユティのこと。前ほど苦手じゃない」
「え?」
思わぬ言葉にぱっとそちらを見てしまう。今のは聞き間違え?幻聴?私の妄想?
フェシーは少し肩の力が抜けたようにごろりとひっくり返ると天井を見つめた。
その横顔ですらやっぱり綺麗で、思わず魅入りそうになる。
横に流れた淡い金髪も、色素の薄い長いまつ毛も、薄い唇も、通った鼻筋も。全てがフェシーは美しい。美しい、というより綺麗だ。嫌味のない綺麗さに女性としてなにかが押し負ける。
いつかこの肌に触れてみたい、そう思った時、私は信じられないほど驚いた。
(!??今、私、何を思ったの?)
「僕が定義する女性と、きみはなんだかすごい差があるように感じる。だから、きみを女性だと一括りにしないで、ユーアリティ、という女の子をちゃんと見てみようと思う……んだけど」
「…………」
「えーと……だから……。いや、だからどうってわけじゃないんだ。ただ、これは僕が言っておきたかっただけ。僕は自分が言った言葉を忘れていない。……だけど、僕の本心はきみに伝えておきたかった」
言葉が出ない私にフェシーは目を瞑って答えた。そしてそのまま恨めしげな声で私に続ける。
「それより、ユティが居なくなったあと大変だったんだよ。僕はすごいからかわれ……」
「?」
「いや、なんでもない。もう寝ようか。明日も早い。ユティも早く寝た方がいいよ」
フェシーは途中で言葉を止めてしまった。
何かしら。すごく気になるのだけど………
じとっとフェシーを見たが、その瞳に思わず固まってしまった。優しさをとろかしたような目で見られていた。心臓が妙に早くなっていく。
最初他の男を勧めたくせに。私のことなんてどうでもよかったくせに。
今になってそんなこと言うなんて。
そういった気持ちがわき上がらなかったわけではない。
でもどうしたことか、それ以上にこみ上がる思いは…………。
ぐっと、私は息を呑んだ。




