深窓のお嬢様
「ユティの髪は綺麗だね。それに………いい匂いがする。シャンプーの香り?」
「…………」
(な、なにこれ?なに?さっきの夜会での仕返し?フェシーに限ってそれはないか)
言葉をなくして戸惑う私にフェシーは構わず私の髪をゆっくりとすいていく。その感触がこそばゆくてたまらない。
「っ………あ、あのっ、やっぱり私」
「はい、拭いていくから大人しくしていて」
「きゃあ!」
ばさりとタオルを頭からふっかけられてまたしても声が零れた。雑な対応である。思わず抗議の声をあげようとするがしかしそれよりバサバサと髪を拭われて声が出ない。ちょっ、なっ、雑すぎない!?雑すぎじゃありませんこと!?
絶対今の私、髪がボサボサになってる!
一通りバサバサとタオルを動かした彼は、短く何かを呟いた。そしてそれと同時にふわりと頭があたたかくなる。
魔法を使われたのだ、と一拍遅れて気づいた。なぜ?さっきは使ってはいけないと言っていたのに………。
そう思って振り返ろうとした時、頭になにかが触れた感触がした。
「………?」
「やっぱり魔法を使わないとすぐには乾かないね」
「え?………あ、あぁ………?」
なんだか支離滅裂なフェシーの言葉に、だけどなぜかわたしも曖昧に頷いてしまった。すっかり乾いた私の髪を一度手でなでつけると、フェシーは席を立った。
そして横から私を見ると、満足そうに微笑む。
「うん、綺麗だ」
「っ………!」
なっ、なっ、なっ………!何をそんなにあっさり言うのか。
思わず固まった私に構わずフェシーはそのまま浴室に向かって歩いていった。
「僕は今日ソファで眠るから。ユティはベッドで寝て。先に寝てていいよ」
「ちょっ………待っ、待ってください!」
「何?」
思わぬ言葉に混乱して固まっていた思考回路がいきなり動き出した。それはまずい。仮にもフェシーはルデンの王太子だ。そんな彼を差し置いて私がベッドでぐーすか寝るなんて真似はできない。
「私がソファで寝ます!」
「ダメだよ、ユティが風邪ひく」
「それなら殿下だって同じです!」
「ユティ」
咎めるようにフェシーが言う。その言葉にぐっと言葉をつまらせながら続けた。
「フェッ………フェシーだって同じでしょう?ここは他国でいつもより間違いなく体は疲れているはずです。しっかり休まないと疲れはとれません」
「でも、その流れで言うとそれはユティにだって当てはまることだよね」
「そ、そうですが」
「………今から部屋を用意してもらうのは無理だ。悪手でしかない。僕のことはいいから、ユティはベッドで寝て」
「ですから………!」
このままでは堂々巡りだ。
私はぐっと覚悟を決めてフェシーを見た。フェシーは悩むように考えていたが、私の言葉に目を見開いた。
「では、一緒に寝ましょう!」
その言葉に驚いたのはフェシーだけではなく、私もだった。提案者が驚いてどうする………だけど切羽詰まってるとはいえ、一緒に寝るとはどういう意味かを理解した途端、私も体が固まった。
「選択肢はふたつです。私がソファで寝て殿下がベッドで寝るか、それとも私と共にねっ……寝るか!」
妙に意識してしまって変にどもってしまう。私の言葉にフェシーは目元を僅かに赤くした。そんな反応をされるとこっちまで照れる。私たちの間に妙な沈黙が降りた。その沈黙をさえぎったのはほかでもないフェシーだ。
「………ユティはそれでいいのか?」
「だっ………大丈夫です」
「………本当に?」
「しつこいですわ!女に二言はありませんのよ!」
そう言うとフェシーは黙り込んでしまった。
だけどややあって、私を見てくる。視線が絡んだ。今更だけどフェシーは私と寝ることは大丈夫なのかしら?彼は女性が苦手なのよね?
「………分かった。うん、………でも、ユティは先に寝てて」
「え?はっ、はい」
「…………ユティが起きてると、緊張してしまうから」
弁明するように呟かれたそれにまたしても私の体が硬直する。緊張………緊張って多分、女性に対してってことよね?そ、そうよね。私だって緊張しているわ。
私は神妙に頷いた。
「わ、わかりました」
「じゃあ、僕は湯に浸かってくるから。いい?ユティは先に寝てるんだよ」
「は、はい」
そう言い切るとフェシーは足早に浴室へと消えてしまった。なんだかこの数分でどっと疲れたような気がする。
そのままはしたないと知りながらもソファに倒れ込んだ。未だに心臓はドッドッとうるさい。仮面夫婦なのにこんなのおかしい。
「…………」
私たちの今の関係を表すとしたら何かしら………?
見せ掛けの新婚夫婦。
その言葉をふと思い出して、浮き上がっていた気持ちが瞬時に冷えていったのが分かった。
「あー……もう」
この関係は見せかけで、表面上のもの。フェシーだって体裁があるから私と仲良い振りをしているけれど、実際はどうなのだろう。
さすがに私をソファに寝かせることはさせなかったが、一緒に寝ることには抵抗があった。
………私は何がしたいのかしら。私はどうなりたいのかしら。
分からない。分からないけど、胸にしこりがあるような、空洞ができたようななんとも言えない気持ちを抱いた。
端的に言って、気持ち悪い。
「それもこれも、いきなりあんなふうにしてくる彼が悪いのではない?」
距離感、おかしくないかしら?




