見せかけの仲
「ファルシア王子って本当に綺麗な顔されてるんですね、よく言われませんか?」
「うーん、どうだろう?」
「絶対言われてますよねー!だって私、こんなに綺麗な人初めて見ましたもん」
「ははは、そっか」
「もっと早く王子に会えてたらなぁ」
「そうだね」
「王子もそう思いますか?やだ、運命かしら」
「ユティ、庭園散策はどうだった?楽しかった?」
ーーー私たちを祝うために開かれた夜会。
そこでもアヤナ様の猛攻撃は止まらなかった。隣にいるガレット王子はガレット王子でうっとりとした目でアヤナ様を見ているし本当にもうこの国はどうなっているの?
突然話を振られた私は内心びっくりしつつも夫に視線を向けた。これは殿下からのSOS(訳:助けろ)である。
扇で顔を隠しながら笑いかけた。
「はい、とても楽しかったです」
「そう。でも無理はしたらダメだよ。まだユティは病み上がりなんだから」
「ふふ。お気遣いありがとうございます」
そう言えば、ふと、ミアーネの意味深な視線を思い出した。
私が患ったのは魔力脱汗症というもので、通常は一週間ほど療養しなくては治らない病だ。それが一日で治るなんて聞いたことがない。
ミアーネに聞いた時、彼女はニヤニヤとした視線を私の方に向けてきた。あれは一体なんだったのかしら………?
「ユティ……」
不意に夫の声が聞こえたかと思いきや、にこりと微笑まれた。突然の事で思わず私もそれに微笑みを返した。意味もなく笑い返した私に、夫がすっと手を伸ばしてきた。
………何かしら?
「一曲いかがですか、我が姫?」
「………喜んで。ファルシア王子殿下」
妙に仰々しく夫がわたしにダンスの誘いをしてくる。ちらりとアヤナ様を見ると、やはり納得がいっていない表情で私たちを見ていた。
アヤナ様と夫の会話が途切れたことでガレット王子がアヤナ様に話しかける。どうやら向こうも踊るらしい。
というか、夫は私と踊りたくないのよね?
婚姻パーティの時だって申し訳程度にしか踊らなかったし。
そもそも彼と踊った回数など片手の数に収まる程度だ。
私に……女性に触れるのすら嫌なのに、なぜダンスの誘いをしてきたのかしら?
やっぱり、アヤナ様の手前?
そんなにアヤナ様が嫌だったのかしら?
気になったけど、断る理由もないので黙って夫の手に自分の手を重ねた。
ちょうどおりよく音楽が流れ始め、私と夫は目立つ中央の方で踊り始める。本日の主役だからね。多少は目立っておかないと。
腰と肩をホールドされながら音楽に沿ってステップを踏む。流れてきた曲はどの国でも有名なワルツだった。
「ビヴォアールの庭はどうだった?」
それを聞かれるとまずい。なぜなら私、庭には向かってないのだもの!洗濯室から抜け出してみればもう夜会の準備まであともなく、私は庭へ行くことが出来なかった。とはいえ、推測で感想を述べたら後々バレるかもしれない。どう答えたものかしら………
悩みながら私は方向転換を図ることにした。
「とても綺麗でした。ファルシア殿下の方はいかがでしたか?」
「僕?僕の方は…………大臣と話しただけだからね。特にこれといったことはないかな」
「そうなのですね」
そしてそのまま会話終了。
元々私たちは会話は弾まない方だし、そもそも夫は女性嫌いだ。会話が弾む方がおかしい。そのまま黙々とダンスをしていると、不意にターンのおり腰をぐっと掴まれた。
………!?
驚きに目を見張るも、次の瞬間にはふわりと体が浮き上がる。そしてぐっと力強い腕に引き寄せられた。
そのままくるりと一回転。
「…………」
どうやら殿下がイタズラをしたのだと直ぐにわかった。周りから拍手がぱちぱちとなるが、私としてはそれどころじゃなかった。突然なんなのよ………!?思わず顔を上げた瞬間、ふっと夫の顔が近づいた。
かと思いきや。
「ユティ、もう少し会話を弾ませて?」
耳元でぼそりと呟かれた声に思わず肩が跳ねた。
(無茶言わないで!)
よっぽどそう言いたかったが、周りの目があるのでこらえるしかない。
半ば混乱して上手く思考がまとまらない私に対して、夫はもう通常通りのワルツに戻している。
「〜〜〜あの?何のつもりです?」
「きみが僕を好きでないのはわかっているから。だけどここでは仲が良さそうなフリをして」
「わ、分かってます!」
「……本当に?」
疑っているような目だ。
確かにこの対応はまずいかもしれない。
「分かってます!……こほんっ、ですので、突然ああいうのはやめてくださいませ!びっくりしました」
「さっきのはイメージアップのついで。ユティも外野に騒がれたくないでしょ」
「っ…………」
(……何かしら?なんでこう、この人って)
腹が立つ……。
確かに殿下の言うことは正しいのだけど。
もはやなんて返せばいいかわからない。黙り込んだ私に夫がぽんぽんと私の肩を周りにわからないよう控えめに触れた。
その接触ですら思わずビクリと反応してしまった私に夫が苦笑する。
「情報の方は僕が追うから、ユティは自由にしていていいよ。ただ、僕と仲がいい夫婦であるように見せかけることは忘れないでね」
「…………分かりました」
「うん、どうせならその敬語も外しちゃおっか」




