全てが狂い始めたのは
「……何かしら?」
「というかあなた誰?」
「見ない顔ね、どこの人?」
矢継ぎ早に質問を投げられ、怯みそうになる。
私は不安そうな表情をあえて作り彼女たちを見る。
「は、初めまして。東館に派遣されたばかりでして王宮に不慣れで………」
予定していたフレーズをつぶやくように言うと、メイドたちが一気に肩の力を抜いたのがわかった。
その中の一人………気の強そうなメイドが私の元まで歩みよってくる。私の顔をまじまじと見ると、ぷっと吹き出した。
「何それ!王宮で迷子?あなたどこの田舎から出てきたの?」
田舎というか他国というか。
私はその言葉にあいまいに笑って返しておく。気の強そうな彼女は黒髪を一本にしばり、目じりにホクロがあった。
彼女は腰に手をやると私を見てくる。
「いいわ、私が案内してあげる。どこに行きたいの?」
わっ。まずい、考えてなかったわ………!
ちなみにビヴォアール国の王城東館とは国王陛下の側室が住まう場所である。
昔は華やかな場所だったとされているが、寵が薄れその離れは一気に寂れた場所となった。王宮のメイドが花形の仕事なら東館の仕事はその真逆。誰もが厭う仕事であり、王宮メイドがそちらに飛ばされたらそれは実質の左遷と変わらなかった。
それほどまでに不名誉な館、それが東館。
東館のメイドといえばほとんどが弱小貴族の次女か三女だ。中には平民出のものもいるという。
王宮に登ったことがなさそうな彼らなら王宮内で迷子になったとしても不自然ではないだろう。
ルデンで手に入れた情報は間違ってなかった。
「東館?それとも厨房?今ここには物凄いお客様が来てるのだから下手な真似しちゃダメよ。あなたなんかすぐ飛ばされるわ」
そう言って彼女が首の前で手をスライドさせる。しゅっとした音が滑り、私は思わず表情が固まった。いや、そんな簡単に打首にはならないはず………なのだけど。
例え不敬があったとしてもそんな簡単に首をはねるマネはしないはず。そんなことしていたら民の信頼はなくなるし不満にも繋がる。
私の顔を見て、黒髪女性の隣にいた茶髪のカールがかった女性が困ったように笑った。愛嬌のあるえくぼが印象的だ。
「田舎から出てきたばっかで知らないかもしんないけど。あの王太子妃には近づいちゃダメよー?不快にさせたらすぐ首が飛ぶんだから」
「物理的に飛ぶんだから溜まったものじゃないわよねー!」
「王子様も昔はああじゃなかったのに。本当、どうしちゃったのかしら………」
しみじみという彼女たちに私は食いつくようにたずねた。垂らされた糸口を手繰り寄せないわけがない。
「王子様って?すごい聡明だとうかがいましたけど」
「やだぁ、それいつの話よ!?」
「少なくとも一年以上前ね!ディアーゼ様がいらっしゃった時の話よ!」
キャッキャッ、キャッキャと彼女達が笑い始める。それを聞きながら私は考えざるを得なかった。
へぇ、前婚約者ディアーゼ様がいた時はまともだったというガレット王子。
ーーーだけど魔具などの類は確認できなかった
夫の言葉を不意に思い出す。
魔具の類は見つからなかった………ということは洗脳系ではない。どうしてこんなにもガレット王子は変わってしまったのかしら……?
アヤナ様がなにかした………?確証はない。だけどひとつ手がかりを得ることが出来た。
ガレット王子の元婚約者であるディアーゼ・ミッシェルフォン元公爵令嬢。
………彼女に会いに行ってみよう。
私は一人頷くと、口を押さえて楽しそうに笑う黒髪の女性に声をかけた。
「あの、裏口ってどうすれば行けますか?」
ちなみに裏口に向かう予定は無い。
けれどここを抜け出す口実としては何か言わなければならないだろう。このまま立ち去るんじゃ不審者すぎる。
私は彼女たちに道順だけ教わると、そのまま部屋をあとにした。
彼女たちは時間が迫っていることに気づいたのか慌ててシーツをかかえはじめた。
「きゃぁっ、ちょっと時間まずいじゃない!」
「急がなきゃ!」
一気に慌ただしくなった洗濯室を後にしながら、私はなんとも言えない感情を覚えていた。
明らかに内情がおかしいビヴォアール。だけどメイドたちはいつも通り朗らかに毎日を過ごしている。
もし戦争になれば彼女たちも巻き込まれるだろう。
おかしいのは上なのに、巻き込まれるのはいつだってそれを支えるものたちだ。
民が一番に巻き込まれ、それに拒否権はない。
ここに来る前よりも強く、何が起きているの解明したいと思った。




