いざ、潜入!
「本当にするんですか……ユーリ様。やはりやめた方が………」
「ここまできて何言ってるのよ、やめないわ。何のためにこれを用意したと思ってるの」
ミアーネの静止を振り切った私はミアーネから小袋を受け取った。ミアーネの表情は芳しくない。当然だ。
ルデンの王太子妃が、他国の王城でメイドの真似事、なんて。
「メイドの姿で潜入なんて無茶ですって………」
「無茶じゃないわ。現に私、モンテナスにいた時も何回かやったことあるもの」
「モンテナスは自国です!ここは他国。ちゃんと理解されてますか?」
「理解してるわよ………理解した上で変装するの」
ミアーネの鋭い指摘に思わず体を引く。ミアーネの顔には納得していないと大きく書いてあり、とてもじゃないが快く送り出してはくれなさそうだ。
まあ、仕方ない話よね。
ここは他国で、他国の王太子妃がメイドに変装して潜入なんてありえない話だわ。危険すぎるし、もしバレた時私の名誉は著しく落ちるだろう。
そこからの挽回は望めないだろう。たとえ出来たとしてもかなり時間がかかるのは間違いない。
だけど、情報収集なら自分の足でするのが一番確実だ。
よっぽどのことがなければ危険な目にもあわないだろうし。
もしなにか起きたとしたらそれは私がどうしようもないミスをおかしたときか、どうしようもない不運に見舞われた時だけだ。
例えばテロとかクーデターとかが起きたり。
令嬢の王城内での誘拐があったりとか。
そういったアクシデントさえなければ。
私は受け取ったメイド服に身を包みながらミアーネを見た。ミアーネはやはり納得がいっていない顔をしている。
「大丈夫よ、ミアーネ。私を信じて」
「………それとこれとは別です。もしユーリ様に何かあったら私の首が飛ぶということを覚えておいてくださいね」
「分かってる。協力してくれてありがとう。ミアーネ」
神妙に頷くと、ようやくミアーネが表情を崩した。
「………元々ユーリ様は頑固でしたものね。私が言った程度で折れるとは思っていませんでした。もう用意だってされてるし」
ちなみに荷物にメイド服を潜り込ませたのは私の独断だ。今になってメイドに変装して潜入することをミアーネに告げた。
前々から相談していたらもっと早い段階で却下されていたに違いない。我ながら狡猾だと思うけれど、だけどそうでもしなければメイドに変装して潜入などできない。
「で、私はともかくとして護衛騎士はどうされるんですか?あの方は殿下直属の騎士なので私みたいには出来ませんよ」
「大丈夫よ、説得するわ」
「………まさか、ユーリ様」
「……まさか、護衛騎士をつけるよう殿下から直々に指示を受けるとは思わなかったのよ。後から事後報告だけでいいかと思っていたし。でも、まあ何とかするわ。臨機応変にっていうじゃない?」
「何も考えてなかったんですか!?」
「予想外だったの!」
殿下の護衛には、後から殿下に報告するから一時的に黙っていてほしいと伝える他ない。それか、遠目で見守っていてもらう、とか。
そうして殿下の近衛騎士と話し合い、あの手この手でお願いした結果。私は勝利を勝ち取った。
遠目で騎士の彼が見守ることが条件だが、メイド潜入が許されて良かった。
(優秀な殿下の護衛なら、もう報告されてそうだけど……まあ、殿下から呼び出しがないということは見逃されている、ということかもしれないしね)
そして私はいそいそとメイド服に着替え、ルデンの王太子妃だとわからないようにいつもと色合いの違う化粧をミアーネに施してもらった。いつもより大人っぽい、冷たい印象を覚える女性が出来上がった。
髪は全てボンネットに入れて、その上で帽子を深く被る。あまり深く被りすぎると逆に怪しくなるので程々に、怪しまれない程度にしておく。
印象に残らないように気をつけてメイド服を整えれば準備は万端だ。
部屋でミアーネに送り出してもらい、いざ潜入開始!
しかしまず、どこから回ったものかしら………。
下手に歩き回って不審に思われても仕方ない。
とりあえず私は使用人通路へと向かうことにした。今改めて思うと、ルデンの王太子妃がビヴォアールでメイド服を着てメイドの真似事なんて、見つかったらただじゃすまないわね…………
下手すれば国交問題にまで発展する。いえ、間違いなく発展しかねないわ………
そう思うと緊張する、がここまで来て中止はしたくない。
息を吐いて、私はメイド、と心の中で唱えていると。
使用人通路を横切った時だった。
奥の部屋から話し声が聞こえてくる。恐らくビヴォアールのメイドだろう。
「………じゃない?だから………」
「本当よね。前はあんなんじゃなかったのに」
「それを言うならエンバード様だってそうよ。あの方が現れてからみーんなおかしくなっちゃって」
「本当、恐ろしいわよね」
「ちょっと、聞かれたら大変よ。その話は後で」
その声を皮切りに、部屋が静まりかえる。だけど直ぐにまたヒソヒソと声が聞こえ始めてきた。ゆっくりと近づいていく。
「でもおかしいと思わない?あれはもはや洗脳よ」
「だからその話は後でって」
ひょっこりと顔を出せばそこは洗濯場で、数人のメイドたちがシーツを洗っている最中だった。
「あの………少しいいですか?」
チャンスだ。思った私は帽子をかぶり直して尋ねた。




