噂話が向かう先
その名前を聞いてガレット王子がまたしても眉をひそめた。
「……………あれは見た目だけの毒花です。触れるもの皆傷つけ、そしてそのトゲを以て攻撃する」
ふーん?美しい、は否定しないのね。
ガレット王子の元婚約者、ディアーヌ・ミッシェルフォン公爵令嬢の噂はまちまちだ。
目を覆うほどの醜女であり、だからこそ可愛らしいアヤナ様に嫉妬した、というもの。
美しく気品があり、礼儀に欠けるアヤナ様を罵倒した、というものなど
遠く離れたルデンでの情報収集なので湾曲したり、尾ひれがついた噂話も沢山あるだろう。
しかし王太子妃候補に選ばれるくらいだ。
容姿は整っている方なのだろう。そしてどの噂も共通して綴られていることがーーー
彼女がアヤナ様に手酷く振舞っていた、というもの。
ルデンにいる時に得られた情報は極わずかなものだったか、それでも聞いた限りの中の噂話全て"ディアーゼはアヤナ様を虐めていた"という内容だった。
もう少しなにか情報を得られないかしら………
そう思った時、貴賓室が見えてきた。隣の気配をうかがうにこちらも会話がちょうど途切れた模様。
ここで先程の話を広げるのは危険よね。やっぱり。
アヤナ様もいるし。
「こちらが貴賓室でございます。ビヴォアール滞在中、こちらをお使いください」
「うん、ありがとう」
ガレット王子の言葉に夫が答える。
私の隣に夫が立ち、アヤナ様の隣にガレット王子がたつ。
うん、うん。ようやく揃ったわね。
「部屋は二つありますから!」
笑顔でアヤナ様が私に言ってくる。
なぜ私に言うの。
その言葉にどう返せばいいか迷った挙句、私は微笑みで返すことにした。対アヤナ様に対しては余計な文言は控えた方がいい。
直感だけどそう思った。
「ありがとう、だけどそれは不要だよ。僕はユティと過ごすから。………ね?」
(あっ、そうなの?まあ、そうよね!?)
ルデンの新婚夫妻が、ビヴォアールで寝室を分けていた、なんて噂になったら目も当てられないものね……。
私は貼りつけた微笑みで返した。
「ええ、ファルシア様」
「わざわざ手間をかけてもらったけど、夫婦なら一部屋同室が一般的じゃないかな。特に僕らは新婚なのだし」
やけに殿下が【新婚】を強調する。
「えっ………あっ………え?!?」
やはりまたしてもアヤナ様が目を白黒させる。
ガレット王子はうんうんと頷いていた。
「そうだな。アヤナが気を回してくれたようだが、貴殿方には不要だったか。しかし気を悪くしないでもらいたい。アヤナは気を回しただけで他意はないのだ」
あるのでは?他意、あるのでは?
アヤナ様、信じられないって顔してるわよね。
ただの善意であればそんな顔しないと思うのだけど。
私と夫を引き離してなにか考えていたんじゃないのかしら……?
そう思うと私と夫が別室というのは良くないかもしれない。
これも加味した上での先程の発言、というところ?
………まあ、後のことは後で考えましょう。ベッドどうするのよ、とか。寝る時困ったわね、とかそういうのは。
「そう」
少し黙ってスッと目を細めてから無関心に夫が答えた。
一言である。
アヤナ様は未だになにか考え込んでいたが、ガレット王子に促されて場を辞していった。
最後の最後まで悩むように視線をさ迷わせたあげく、私と目が合うなりキッと睨みつけられた。
(………………)
随分喧嘩腰な王太子妃もあったものだわ。
完全に敵視されている。私、アヤナ様に嫌われているみたいなのだけどやっぱりファルシア殿下が気になってるから、とか。そういう?
二人が居なくなり、私と夫二人きりになる。
しかし、まずいわ。
同室になるとは思ってなかったためその準備を怠ってしまった。夫がいると何よりこのあとの行動がしづらい。
彼はこの後どうするのかしら?
ちらりと様子を窺うと、殿下は疲れた様子でため息をついた。
「財務大臣に挨拶に行ってくる。彼とは顔見知りでね。少し状況を確認してくるよ」
部屋に入るなり夫がそう言った。その言葉にはっと顔を上げる。この流れに乗るしかない!乗るしかないわ!
「では私も王宮を散策してきますわ。ビヴォアール国の王城や、有名な絵画回廊を見てみたかったんですの。それに、雰囲気も知っておきたいですし」
芸術家の間では有名なビヴォアール国王城の絵画回廊。
名だたる絵画がそれはそれはたくさんあるらしい。
「一人で?」
「ミアーネについてきてもらいます」
「………それでも危ないな。近衛を一人つけること。いいね、ユティ」
その言葉にすぐには頷けなかった。
なぜなら、近衛がついてしまうとこのあとの私の行動に支障が出る。どう言葉を切りかえそうかと迷っていると、訝しげに夫が見てきた。
「………ユティ?」
「…………はい。分かりました」
ここで断れるいい文句が思い浮かばない。
諦めて私は彼の言葉を呑んだ。ここは従わざるを得ないだろう。
私の言葉に夫は安堵したように口端をわずかにもちあげて頷いた。
そして部屋に入ったその足で扉に向かう。
「じゃあ、晩餐の前にまた。今日は僕達の歓迎パーティが開かれる。用意ができたら迎えに行くからそのつもりで」
「かしこまりました」
殿下に言われ、私はまたしても頷いた。
今日の夜はパーティ。私たちを歓迎するという名目で開かれる、これ以上ない情報収集の場だ。
下手を打たないようにできる限り情報を集めよう。持ってきたドレスはミアーネに言って厳重に保管してもらってるし、大丈夫。不足はない。
それにもしもの時にもしっかり対応してある。念には念を、警戒する他国では尚更だ。




