約束
(この国でやっていくの、すっごい大変そう……)
気を引き締めないと。
そのあと、飛んできた公爵によって私は謝罪を受けた。
公爵もまた私を認めていないようだが、娘の失態には責任をもって謝罪をすると、すぐさまリンジェラを連れて私の前から姿を消した。
静けさが残った会場で、私は飲み損ねた水を従僕から受け取ると喉の渇きを癒した。
喉が渇いていたのだ。その時、ぽつりと殿下が言った。
「すまない、助かった」
不本意なのか眉をひそめる殿下に、私はにっこり笑って言う。
「お気になさらず」
会話は終了した。しかし王太子夫妻の会話がぜろなのは宜しくない。
不仲説が浮上すれば厄介なことになるのは目に見えていた。私はなぜ自分だけ骨をくだかねばならないのかと内心気が進まないが、仕方なく話題提供した。
「殿下はパーティはお嫌いですか?」
「………なぜ、そう思う?」
初めて会話が繋がった。私はちらりと隣の夫を見る。
「顔色がお悪いようですけれど」
「……そうかな。そうだろうな。私は、女性が苦手なんだ」
「なぜ?」
聞こうか聞くまいか逡巡したのはわずかな間。
私は聞くべきだと思った。
それによって私は政略結婚だというのに不利益を被っているのだから。この婚姻はモンテナス国のみ有益なものではない。互いに利のある婚姻なのだ。関係は対等であるはずである。
「女性は、気持ちが悪い。近くに寄られると吐き気がする。香水の匂いなんか最悪だ。べたべた意味もなく触る……。くそ……っ」
珍しい殿下の暴言に私はそちらを見る。
殿下の声は落ち着いていたが、息が荒い。
そして、その手首には鳥肌が立っている。呼吸が荒いので、なにかしらの発作を起こすのではと危惧したが、殿下の呼吸は少しずつ落ち着いていく。女嫌いというより、女性恐怖症?
(……その理由は教えてくれないのかしら)
殿下が私のせいで今も不快な思いをしているのはわかっていたが、だからといって私もここを離れるわけにはいかない。
私は殿下にほんの少し同情したので気持ち少し身を離したが、たいして距離は変わらない。
「──今も頭が痛い」
(そう言われても……。私が離れるわけにもいかないし)
私は妻であり、公的な場所で距離を取ることは政治的観点から不可能だ。
「殿下は、栄えあるルデン国の王太子殿下であらせられるのだから、ここは我慢してくださいませ」
「……」
「別に、触ったり抱きついたりしませんから……。必要最低限の会話だけしましょう?ええと……そう。愚問と知って、あえてお尋ねしますけれど。わたくしと親交を深めるお気持ちはあるのかしら」
「最初から言っている。私の回答はかわらない」
「そう」
私はわかりきっていた回答をもらうと、ぐっと残っていた水分を口にした。喉を十分に潤すと、殿下を見て言った。
「殿下、今日のことは貸しですわ」
「……貸し?」
いぶかし気な声で殿下は言う。私は鷹揚に頷いた。
「ええ、そうですわ。殿下をお助けしたのですから、お礼があってもよろしいんじゃないかしら」
「……ありがたいとは思っている。だけど触れ合うとかそういうのは」
「要りませんわ。ただ、私の望みはひとつ。そうね‥‥‥」
私はひと呼吸置いて、要望を告げた。
「お互いに不干渉かつ、互いに詮索はしないこと。どうでしょうか?」