いざ、ビヴォアール国へ
「だから、ユティは僕から離れないで。伝えたかったことはこれだけ」
「……分かりました。極力殿下から離れないようにいたします」
言葉だけは取り繕っておくが、正直殿下の言葉に従う気はなかった。だって既に作戦は計画済みなのである。
少し規格外の行動をするが、元々が規格外のビヴォアール。多少の危険を侵さなくては情報は手に入らないだろう。
私は今回の件をもって以前の不名誉を挽回するつもりなのである。役立たずの王太子妃とは呼ばせない。
「うん、それなら安心だ。では、僕はそろそろ部屋に戻るよ。明日も早いのに邪魔してごめんね」
「いえ………あ。殿下、お茶は」
そう言えばまだお茶が来ていないことに気づく。それを言われた夫は少し困った顔をして、立ち上がろうとしていた腰を下ろした。そして再度足を組む。
「せっかく用意してくれたお茶を飲まないのは悪いね。一杯飲んでから部屋に戻るよ」
そうして夫とは他愛ない話を繰り広げ、宣言通りお茶をいっぱい飲むと夫は部屋に戻っていった。
ミアーネが何故か意味深な視線を向けていたが、違う。断じて違う。私と夫はそういう関係ではない。夫婦ながらに関係性は他人のそれである。むしろ知り合いレベル?だけどそれをそっくりそのままいうわけにもいかず、甘んじて私はミアーネの視線を受けるしかなかった。
×××
次の日。
ビヴォアールに向けて出立すると、馬車は五日かけてビヴォアールの王都についた。
転移魔法を使えたら早いのだけど、星見の位置的にそれは難しいので諦める他ない。
魔法は、
①神秘なる星の力
②大気を漂う魔力
③自身の体内にて循環する魔力
この三つを上手く機能させて始めて使うことが出来る。
そのどれか一つでも欠けてしまうと、想定外の出力が起きてしまう。だから、本来はどれか一つ欠けた場合での魔法行使は、ほかのふたつの要素で補う必要があるのだけど、転移魔法と言った高度技術の場合は補填を効かせた魔法式の結果が読めないので、大人しく馬車を使う、ということなのだろう。
ビヴォアール首都とルデン首都では重なる星図がないため、① 神秘なる星の力を使えないのだ。
リスクをとって、存在しない空間に転移でもしてしまったらそれこそ大変なことになる。
馬車では、殿下とあまり会話をしなかった。彼は難しそうに窓の外に視線を向けていたし、私もあえて話しかけることはなかったからだ。
ビヴォアールの王宮につくとすぐさまアヤナ様とガレット王子が出迎えにやってきた。礼儀作法はやはりどこかにぶっ飛ばしてしまったのか、アヤナ様がガレット王子より先に私たちに声をかけた。
「ようこそ!ファルシア王子っ……………………と、ユー……………………ユーティ、様?」
未だに名前を覚えていないらしい。いやそろそろ覚えて欲しい。
私は微苦笑をたたえながらアヤナ様を見た。夫はアヤナ様を見ているだけで言葉は返さない。
そして彼はガレット王子に話しかけた。完全な無視である。
「先日ぶりだね、ガレット王子。突然の訪問で申し訳ない」
「いえ!ファルシア王子がいらっしゃってくださりアヤナもすごく喜んでいます。どうぞゆっくりとすごしてください」
なぜ夫が突然国を訪ねたのか確認しようともしない。それでいいのガレット王子。彼を見ているとやはり心配になってくる。
夫はそんなガレット王子に冷笑をたたえ、ついでアヤナ様に視線を移した。相変わらず隠そうともしないアヤナ様の熱い視線に、しかし夫の反応は変わらずだった。
「──アヤナ様も、元気そうでなによりだ」
すっと目を細めて言う夫に、アヤナが頬を上気させる。彼女の今日の装いはピンクとホワイトをベースにしたドレスで、大胆にも胸元が大きく空いている。
夜会ならまだしも、デイドレスには向かない露出多めなドレスだ。
腰元からはスリットが入っているのか太ももがちらちらと見え隠れしている。
(ひゃあ〜〜〜)
夜会でも若い娘は絶対着ないドレス。
女性はみだらに足を見せてはならない。
それはどの国も共通した常識である。
私は、他国訪問のためごくごくシンプルなドレスを選んでいるため、並び立つと差がすごい。
下手したら寡婦と娼婦くらい差がある。
それくらいドレスには差があった。
「ファルシア王子っ。庭を案内しますっ」
「ん?うーん………そうだね。では用意ができたら案内してもらおうかな」
「えへへ、あの、私本当に楽しみにしていたんです。ファルシア王子が来るって知って………。まさかユーアリティ様も来るとは思いませんでしたけど」
いやいやいや。むしろ王太子妃が来ないわけがないでしょう。
公務に王太子だけ来るのも余計な噂を呼ぶ。
基本的にワンセットで行動が常だと思うのだけれど………。
「ユティは私の妻だからね。共に行動するのは当然のことだろう?」
「………大変なんですね、ファルシア王子」
しみじみとアヤナ様が言う。
その言葉に思わず表情が固まった。
大変って何が!?もしかして私とのことを仰ってるの?夫婦だから仕方なく行動してるんですねとでも言いたいのだろうか。
なにか言葉を返すべきか迷うが、しかしガレット王子と夫の手前、下手に揉め事を起こすべきではないように思う。
「ユーアリティ様、私の国にようこそ。仲良くしましょうね!」
その時、アヤナ様が私を見て言った。
顔は笑っているのに目は笑っていない。
そのちぐはぐさに不快感が胸に渦巻いた。
「ええ。よろしくお願いします、アヤナ様」
警戒しながら私もにこやかに笑みを返す。
そうすると不意に腰に手をあてられた。
びっくりして見ると、夫が私の腰に手を置いていた。
だけどそれはまさに置いていると表現するほどの力で、引き寄せられたりはしない。
ぽん、と腰に手をあてられてそのまま夫がアヤナ様に笑って返した。
「ユティ共々、世話になるね。これを機にビヴォアールのことをよく教えてくれると嬉しい」




