ここから
「私は………僕は、許して欲しいとは言わない。僕が謝ったところできみは許せないだろうし、だけど僕に言われればその謝罪は受け入れざるを得ないだろう?」
「…………」
私は沈黙を選んだ。何を言っても殿下の言葉をフォローする言葉になってしまう。黙って殿下を真っ直ぐ見つめると、彼はその青い瞳を揺らがせて言葉を連ねる。
「………僕が言った言葉は軽率だった。きみのことを考えていなかった。………すまない」
そう言うと、ため息をひとつこぼして夫は額に手をやった。
「はぁ………いや、何を言っても言い訳にしかならないな。僕が言いたかったのはこれだけではない。言った言葉は取り消せない。だから、今後で挽回したいと思う。少しでいい。これからは僕のことを少しでいいから、見ていってくれないか?僕は未だに女性が苦手だし、その視線に映されただけで気分が悪くなる。ひどい時は発熱するし、吐き気もするし、吐く。酷い悪夢にうなされることも一回や二回じゃない」
「殿下………」
なんというか、話を聞いているうちにだんだん彼が可哀想になってきた。殿下は好きで私を娶ったわけじゃないんだろうなぁ………。きっと何か訳があって、断らざるを得なくて娶るしかなかった。それか、関係の断絶を元々考えていた上で娶った。どちらにせよ彼の体質を考えると多少は不憫になってくる。それで気が晴れるかと言うとそれはまた別の話だが、感情が少し傾いたのは事実だ。
「…………私の女性嫌いの克服に、協力してほしい。打算的な話になるが、私と過ごすことはきみにとってもプラスになるはずだ。………ダメだろうか?」
「………」
どうしようかしら。正直ここまで言われればまあ、苛立ちも収まってくる。
殿下の女性嫌いを考えれば妻となった女性に愛人を進めても………まあ、仕方ないことだと思う。褒められたことではないしだからといって受け入れられることではないが。感情的な問題で考えれば彼の発言も仕方なかったのかもしれない。だけどここにきてその謝罪と提案を受け入れていいものか。
正直もうそんなに怒ってはいない。だけど馬鹿にされた、許したくないという感情が底に張り付いている。意地になっている、のだと思う。ここで許していいのだろうか。私という人間はそんなに安くていいのだろうか?そんな考えがおそらく奥底にあるのだろう。
黙り込んだ私に、夫が安心させるように微笑んだ。
「答えは今すぐじゃなくてもいい。それでユティ。明日からのビヴォアール滞在についてなのだが………」
「あっ、はっ、はい」
突然の話題転換についていけない。思わずどもってしまった私に、だけど夫はそのまま言葉を続けた。じっと視線を向けられるとなんだか落ち着かなくなってくる。
くうー、しかし腹立つくらい綺麗な顔してるわね。色素の薄いプラチナブロンドに宝石のような緑の瞳。柔和な顔立ちに、スッと通った鼻筋、顎のライン。
くっきりとした鎖骨に、シャープなラインの首筋…………女性として何か負けているような気がしなくもない。
夫は目をふせて明日のことについて話していく。この顔、絵画にしたら売れそうよね………。そんな不埒なことを考えていた私も思考を切りかえていく。
「ビヴォアールでは、僕から極力離れないように。そして何かわかったらすぐに知らせてくれ。………前に、面白いことになっていると言ったね。………あれは、ビヴォアール王宮内部の話に限ったことではないんだ」
「………?」
「ビヴォアールで主だった権力を持つ貴族の息子のほとんどが王太子妃の言いなりだ。………状況としてはかなり異常。だけど魔具などの類は確認できなかった。報告に上がってきたのは以上だ。王太子妃は特別変わった行為はしていない。それにも関わらず、彼女の取り巻きは大勢いる。何があるかわからない。……おかしいよね?僕は、その理由を解明したい。危険があるかもしれないから、きみはここで待っていて欲しいんだけど………」
「私も……行きたいです」
「………だよね。まあ、王太子の外交に王太子妃が付き添わないのはいらない誤解を招きかねないから正直、助かるよ。……ユティはさ、結構頑固だよね?一度決めたことはなかなか変えない。説得されて、納得しない限り。……違う?」
突然わかったように夫が言うので思わず眉を寄せた。
(頑固……って褒められてないわよね、絶対)
私の視線を受けて、夫が苦笑しながら視線をそらした。
私は気が強い方だと思う。それは自覚している。生意気だと見られないように極力抑えてもいるつもりだけど目は口ほどに物を言う………という…………。
夫が苦笑したのも私がじっとりとした目で彼を見たからなのだろう。
王太子妃として夫を立てるのは当然のことだ。たけど私は、なにかと殿下に腹を立てているし……おしとやかとは言えない……。
やっぱり王太子妃の選抜、誤ったと思うのよ。
私ではなく姉のティアナの方が向いてるもの。
姉は大人しいし、淑女然とした振る舞いも身につけている。
それに地の性格が大人しく、静かだ。
姉ならばあんな理不尽な事を言われても粛々と従っただろう。私のように反発することもなかったはず。私とは正反対。
まあ、根は強いけど。そんな姉が私は大好きだったりする。
でも、本当に。
なぜ私が王太子妃に選ばれたのかしら………?
ルデンに来る前に言っていたお母様の言葉を思い出した。
ーーー何がなんでもファルシア殿下のお心をつかむのよ、ユア!大丈夫、わたくしに似て美しいあなたにならできるわ!
それに、お姉様は私よりも綺麗な顔立ちをしているわ。
(本当にどうして私だったのかしらね?)




