言った言葉は
あの後殿下に謝罪し、そして迷惑をかけた人にもそっと謝罪の言葉を交ぜておいた。
大々的に謝ることは出来ないけれど、これで気持ちが伝われば……と思う。
夫はといえば特に何を言うでもなく、『熱が下がってよかった』としか言わなかった。
怒ってなくて良かったとはいえ、このあとの行動で私の評価を挽回せねばね!
体調管理もままならない妃だと思われたままでいるのは良くない。……まあ、実際その通りなのだけど。
役立たず妃は良くない。
ということで、殿下のビヴォアール国行きに私もなにか役に立てないかと殿下に同行希望の手紙を出した。やはり手紙。
そして殿下に同行する旨を伝えたところ、一週間後に旅立ちが決まったことを知らされた。
随分早いな、と思っていると手紙にはその理由が記されていた。
『先日のお礼ということにしてあるから、期間が短くても問題は無い』
思った以上に早くアヤナ様たちに対面することになり、少しだけ動揺する。
最後の最後まで夫にアプローチすることをやめなかったアヤナ様。そしてそれを止めることなく見守るガレット王子。
困ったちゃんである。
そしてやることなすこと、アヤナ様の行動は全てガレット王子が許容しているように見えた。
何をしても怒らない………何をしても受け入れる、そんな感覚。違和感、というのかしら?
危ういものを感じたのよね。
そして先日の夫の言葉………
ーーー話を聞く限りガレット王子はもう少し頭がキレると思っていたんだけど………
私はビヴォアールについてあまり詳しくない。
だけど風の噂を拾う限り、以前のガレット王子はここまでお調子者ではないようだった。
燃えるような鮮烈な髪色に意志の強そうな瞳。
絶対王者としての気迫も兼ねそろえ、次代の王と渇望されていた人らしかった。
私が調べた限り、判断力に聡く、切るものは切り、受け入れるものは受け入れる。その選択は大胆不敵で、だけどそれが失敗だったことは今まではなかった、らしい。
それが、いきなりこうもおかしくなってしまうなんて。
この前会ったガレット王子の評価とはとても思えない。
判断?そんなのアヤナ様がいいと言えばそれでいい、のような人だ。アヤナ様が黒だと言えばそれも黒となる、というような。
正直別人としか思えない。
二重人格?実は双子?
なんて、そんなことまで考えてしまう。
殿下が言ってたのはこのことなのかしら。
彼の本来の目的は王太子のすげ替え。
今のままだとビヴォアール国の緩やかな崩壊、やがてルデンへ火の粉が降りかかりかねない。
陛下からも調査の承認は得ているらしい。
(ビヴォアール国の王は病気を患っていて、公務はここしばらく、各大臣とガレット王子で対応しているようだし)
とにもかくにも、まずは情報よね。
***
そしてついにビヴォアールに向かう日は明日へとさし迫り、突然夫が私の部屋に訪れた。
先触れもない訪問にいささか驚きながら夫を迎えた。
「突然どうされたのですか?」
「……ユティ、突然すまない。もう寝るところだった?」
「いえ………寝る前のお茶をいただこうとしていたところです」
私が答えると、夫が僅かに目を細めた。
そして短く息を吐くと、話し出した。
「ビヴォアールに行く前に話しておいた方がいいと思った。少し、時間を貰ってもいいだろうか?」
「………はい」
元々拒否できる立場ではない。私が答えると、夫はソファに座り、私の対面に腰を下ろした。
「お茶の用意をしてまいります」
ミアーネが頭を下げて部屋を出ていく。
それを見届けると夫が口を開いた。夫の服装は未だに正装で、今仕事が片付いたところなのだろう。
だいぶ夜も深けているというのに……。
やはり、夫は忙しいらしい。ルデンの王太子さまだものね。
今になって私は夫の職務、日程を全く把握していないことに気づいた。王太子妃なのに夫の予定を何一つ知らない。
被っている公務はさすがに把握しているものの、どれくらいの仕事量で何時くらいに部屋に戻るかまでは把握していなかった。
王太子妃として、これはいけないのではないかしら………
とはいえ、あまり交流のない私がいきなり予定について聞くことなどできるはずがない。
こそこそと確認するしかないのかしら………それは王太子妃としてちょっと、いやかなり。情けない気がする。
ここはどう出るべきかと悩んでいると、夫が話し始めた。
「まず、きみが初めてこの国に来た時のこと。…………私はきみにひどいことを言った。それを謝らせて欲しい。その、すまなかった」
「────」
ぱちくりしてしまう。思わぬ言葉に何度も瞬いた。
まさかこのタイミングで言われるとは思わなかったわ。
初顔合わせの時のことを言っているのよね。
そうなると──あれだわ。
私に他の男の子供を産めだとか、自分とは関わらないでほしいといった発言のところだろうか。
それを思い出していらりと腹奥の方で再度苛立ちが再燃した。
酷いわよね?やっぱり。
「それは………まあ、殿下のお気持ちもありますでしょうし」
私はふんわりと微笑を浮かべたまま殿下に答えた。
簡単には覆らない




