緊張+疲労=
「まあああ!どっ………何があったのですか、ユーリ様!」
部屋に戻ると待ち構えていたのはミアーネだった。
髪は乱れ顔には傷がある私を見て悲鳴をあげる。
そうね、そうよね………。
普通その反応よね………。
殿下が特に何も言ってなかったから危うくわすれかけていたが、私はこの国の王太子妃であり、顔に傷なんてとんでもない話だ。
おまけにこんなボロボロの状態では何があったか探ってくださいと言っているようなもの。
部屋を出る時に夫の外套を借りたおかげで多少マシにはなったが、乱れた髪と顔の傷は隠せない。
「殿下とどんなお熱い夜を過ごせばこんなことに………」
「違うから!全く違うから!」
とんでもない誤解をしているミアーネに慌てて首を振る。
下手な誤解をされては堪ったものでは無い。
「違うのですか?てっきり殿下が無理をさせたのかと………」
「大いに違うからその認識は改めてちょうだい」
そもそも夫と私はそんな関係ですらない。ミアーネの野暮としか言いようのない詮索に思わず乾いた笑いが漏れる。
こんな不躾なことを聞いてくるのはミアーネだけだわ………
祖国から連れてきた唯一の侍女である、ミアーネ。彼女にならある程度のことは話せる。この城で唯一信頼のおける侍女ともいう。やはり王太子妃になったとはいえ小国の出である私を喜ばしく思わないものは多い。
失言を漏らせばすぐさまそれは城中、貴族中に広まるだろう。そして私を失脚させるための武器になる。
気を抜いて話せる相手なんてこのミアーネくらいだわ…………。
祖国にいた時には感じなかった緊張の連続に少し疲れてしまったのかもしれない。
「………もう寝るわ」
「かしこまりました。入浴の準備は終えております。頬の傷は僭越ながら私が手当させていただきますね」
「ありがとう」
そうして、ビヴォアール王太子夫妻を迎えた夜が過ぎた。
×××
少女は神に祈る。
そして懺悔する。だけど懺悔すると言って何をくいればいいのか未だに彼女はわからなかった。彼女は当然のことをしたまでとしか思わない。いや、思えない。
何がいけなかったのか?何が神の教えに背いてしまったのか。
分からない………。しかしそれ乞おうとするのは彼女の最後のプライドが許さなかった。それに、どうせ聞いたところで蔑みを持って返されるだけだ。
『それを分からないうちは貴様の罪は贖えぬ』
元婚約者の言葉が鮮烈に耳に残る。
私が一体何をしたというの?
気づいたら冤罪を吹っかけられ、誰も私の話など聞いてくれなかった。
エンバード様も、サンドデニス様も、そして幼馴染の彼も………誰も私の話など聞いてくれなかった。
昔は違った。たとえ何があったとしてもまず彼らは人の話を聞いた。いくら嫌疑のある人間といえど問答無用で牢に入れるなんて傍若無人のことはしなかった。
全てが狂ったのは、そう………
あの女が現れてから。
何がきっかけだったのか。
いつかそうなってしまったのか。
分からない。だけど今もうこうなってしまった以上、私に出来ることは限られている。
修道院の中、私は信じもしない神に祈りをささげる。どう祈ればいいのか、何を懺悔すればいいのか、未だわからずひたすら目を閉じたーーー。
×××
次の日、アヤナ様とガレット王子と朝食をとったあと、私はなんと熱を出してしまった。
緊張の連続だったのが災いしたのか、それとも植え込みに投げ込まれたのが原因なのか。朝食を終えたと同時に目眩がした………と思いきや、ぼっと顔が熱くなった。
「この後エレノーワ連邦国との会食が控えているけど……きみは何もしなくていいよ、ただ僕の隣で微笑んでいてくれ。それだけで済む。……元々探り合いをさせる気はないんだ。僕としては上辺だけの会話を終わらせ次第、会食終了に持ち込むことにする」
「かしこまりました」
なんだかぼうっとする………。
おまけに寒気もするわ。嫌だ、風邪ひいたかしら。そう思った時だった。不意に夫が私の方を振り返り、その眉をひそめた。
「……ユティ?」
「…………はい?」
一拍遅れて返事をした私に、夫が数歩歩いて近づいてきた。近づく彼の顔を見ながら、私はそれでもやはりボーッとしていた。上手く物事を考えられない。熱に浮かされたようだと思う。
「ごめん、少し触るね」
「……………はい」
夫の声がどこか遠くで聞こえたかと思いきや、ひやりとしたものが額に触れた。うーん、気持ちいい………。
その冷たさに委ねるように首を動かせばその手がびくりと跳ねた。だけどそんなのお構い無しに私は額を押し付ける。
気持ちいい………冷たい…………でも体は寒くて、ぶるりと悪寒が走った。
「……きみ、熱がある」
「ねつ………?」
私の額に手を置いていた夫がその反対の手で私の肩に触れた。
そして支えるようにその手を回す。ぐっと肩を掴まれてそのままバランスを崩す。だけど倒れ込んだ先は夫の胸元で、座り込むことは免れた。
「………ライド!医師をすぐ呼べ!そしてユティ付きの侍女を一人呼んでおくように………ああ、祖国からついてきたという彼女がいい。彼女を呼べ!」




