ドキドキ!王太子交替宣言!
そこまで言うと一度夫は言葉を切り、私にソファを勧めた。
「寒くない?暖炉つけようか」
「大丈夫です。それより、あの………」
先程の言葉が気になってつい聞けば、夫が口端だけで微笑んだ。金よりも色素の薄い髪に柔和な顔立ち。確かに夫は顔が整っている。こんな状況で、こんな関係でなければ惚れてしまっていてもおかしくない。私も人並みには面食いだ。
まあ──この人は女嫌いで私との関係を望むどころかほかの男と子をなせと言ってくるようなとんでもない人なのだけど。
そう思うと浮ついた気持ちはすぐさま吹き飛んだ。顔がいい人は得だと思う。本当に。どんなに最低な言葉を言っても顔が良ければそれっぽく見える。本当、羨ましいことだわ………私だって王太子妃と選ばれる程度には美貌に自信がある。だけど王太子たる彼には遠く及ばない。
なんというか、中性的な………それでいて王族たる気風を感じるのだからさすがとしか言えない。
夫は侍女を呼ぶとお茶の用意をするようにと言った。
「それで………話の続きだったね。ユティはもし、セイサムとビヴォアールが戦争になり、セイサム側の勝利に終わったら。次エレノーワ連邦国はどう出ると思う?」
「………セイサム側がかったら、ですか?」
「ああ。確率的に言えばそれはもはや確固たるものだろうね。今日、ガレット王子にあってよく分かった。今の現状じゃビヴォアールに勝利はない。……戦争は長引くだろうし、周囲への被害影響も多大なものになるだろう。だから、絶対に引き起こしてはならない。……だけど、いざ開戦したらそれはとんとん拍子に進んでいくんだよ。知らない間に隣国が盗られていた、なんて可能性ももちろんある」
「はい」
夫は小さく頷く。私に続いて夫もソファに腰かけた。もちろん対面である。
軽く足を組むと夫はそのまま流れるようにはなしだした。
「エレノーワ連邦国は野心が強い国だ。あのトップはさらに更に上を目指そうとしているんだろう。セイサムはその踏み台だ。そしてかの国の目的は…………」
そこで言葉を区切り、夫がとん、自分の下を指で指した。
「これだ」
「…………これ、とは?」
しかし夫の下には何も無い。思わず困惑して聞き返すと、夫が微苦笑した。
そして口を開く。
「セイサムの軍事力、ビヴォアールの豊かな土地を手に入れた野心深いエレノーワは次に狙うのは?」
「!まさか…………」
そこまで言われて気づかないはずがなかった。野心深いエレノーワ連邦国。ルデンには一歩及ばないながらも、その影響力は大きい。この大陸は大きくわけて三つの大陸が支配している。
北方のエレノーワ連邦国、中央のルデン国、東方のメシュア国。その中でも頭一つ抜きん出ているのがルデン国だ。ルデンは国民の魔力値も、教養も高い。そして国土は広く、何よりも国お抱えの宮廷魔術師のレベルが非常に高い。
ちなみに夫も宮廷魔術師の称号を配している。王太子でありながら魔術にも武力にも秀でている………それがルデンの王太子だった。
「そう、最終目標は恐らくこのルデン」
夫が頷いて答える。まさかセイサムとビヴォアールの争いがそこまで発展するとは思わなかった。
そしてゾッとする。これが国のトップの考え方。一手も二手も先を読まなければならない。
「セイサムとビヴォアールを擁したエレノーワと戦うのはルデンも厳しいだろうね。下手を打てば敗戦の可能性もある」
「…………」
思わず冷たい息を呑んだ。なんてことないように夫は話す。
その時、不意に扉がノックされた。声をかけてきたのは先程の侍女だ。夫は入室に許可を与え、侍女がワゴンを押して入ってきた。ふんわりと香るのは清涼な匂い。これはカモミールだろうか?その香りに少し心が落ち着いた。
「では、失礼いたします」
そう言って侍女が丁寧に頭を下げて部屋を辞す。またもや二人きりになると、夫が先に声をかけてきた。
「もしユティが、ビヴォアールの王太子妃だったとして。他国との国交の場でセイサムのお茶が出されたらどう思う?」
「え………?」
突然のことに驚くが、しかしすぐに頭を回転させた。もし私がビヴォアールの王太子妃だったら。それはすなわちあのガレット王子の嫁ということだが、その想像に思わず眉を寄せた。想像の範囲でもガレット王子を夫とするのは嫌だった。なんだってあんなぽんこつ王子。何をしたらあんなにスカスカ頭になるのかが分からない。
しかし今問われているのはそういうことでは無い。私は夫の問いを噛み砕くように反芻した。
もし私が、ビヴォアールの王太子妃で、国交の場でセイサムのお茶を出されたら………。当然、警戒する。何を仕出かす気なのかと思う。
私は口を開いてその旨を伝える。
「…………何を、考えているのかと」
「そうだよね、普通警戒する。普通は、ね…………。はぁ、あんなはずじゃなかったんだ。うまい具合に警戒させておけばそれで良かった。だけどまさかそれにすら気づかないほどの蒙昧だとは………。話を聞く限りガレット王子はもう少し頭がキレると思っていたんだけど………」
夫は一気に言い切ると、ティーカップを手に取った。そしてまだ熱い紅茶に口をつけた。
「とんだ買いかぶりだったね」
そう言うと、かちゃりとティーカップを戻す。私はと言えば、何をいえばいいかわからなかった。
黙って話を聞いていると、しごく真面目な声で夫が呟いた。
「王太子を代える必要がある」




