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過ごしやすい環境作り


そして次の日の夜。


王太子の婚儀の後は三日連続で夜会が開かれると知り、うっかり倒れるかと思った。三日連続。嘘でしょう。

激動の一週間はまだ続く。


寝不足と疲労と緊張とストレスで調子の悪い体をぎりぎりと締め上げられたのち、控室へと案内された。


(さすが大国ルデン国。余裕のある国は違うわね……)


私の母国、モンテナス国も弱小国とまではいかないがルデンほどの絢爛豪華さはない。

何しろルデンは世界地図の四分の一を占める大陸をもち、その豊かさと軍事力は世界でも突出している。

モンテナス国はルデン国の国力にあやかりたいために私を送り込んだのだった。


殿下が私と距離を取るため、随分と違和感のあるダンスである。それを周囲に指摘されないかひやひやする。ただでさえ味方がいない他国なのだ。

見知った自国でないことはこんなにも心細く、疎外感を感じるものなのね……。


(気分は、敵国に嫁いだ花嫁、ってかんじかしら?いや、敵国だったらもっとあたりは強いか)


頼りになるはずの殿下はもはやいないも同然だ。私は自身の力でこの国に居場所を築かなければならない。


ダンスが終わると殿下はさっと私からすぐさま身を離した。あからさまな態度にまたいらっとする。


(周囲に人がいるときくらいなんとか頑張りなさいよ!王太子なんでしょう、あなた!)


私が無言の反論を殿下を向けていると、彼は私のその反応に気分を害したような顔をした。

なぜ"私が悪い"とでもいうような顔をする。


おそらく、殿下と私の相性は悪いのだろう。

私は天然癒し要素が売りのおっとり姫ではないし、殿下は私の感情の機微を察するほど私に興味がない。

そのため互いに悪感情は募るだけだ。このまま仮面夫婦、いや、冷戦夫婦の完成かと思ったあたりで、殿下が誰かに声をかけられた。


「殿下、カザール国の使者が例の件でご報告と手紙を預かっていると」


私たちの奇妙な空気を読み取ったのか、それとも偶然か。近衛騎士に身を扮した男が殿下に話しかける。彼はちらりと私を見て言った。


「少し話してくる。好きにしてていい」


「は?ちょっ」


(うそでしょ!新妻をおいていく気なの!婚姻パーティで!?本気?馬鹿なの!?!?)


私が唖然としているうちに殿下は人込みに消えていく。


一応、分別のある王女なので、後を追うような真似はできない。本音を言えば首根っこ捕まえてこんこんと花婿としての立ち居振る舞いを説きたいくらいである。

しかしそれは立場的にも出来ないので、ただ、グラス片手に現実逃避するのみだ。

殿下がいなくなったとたんに私に視線が突き刺さる。


(言いたいことは分かるわよ。どうせおいていかれた哀れな王女って思ってるんでしょう!そのとおりだけど!!)


やけになった私ははしたなく見えない程度にグラスを飲み干した。やけ酒である。

そしてグラスが空になり、水でももらおうかと彼女が従僕を探しに会場を歩けば、なんだか華々しいドレスの塊があった。いや、人だかりだ。


(何かしら?有名オペラ歌手でもきているの?それとも女優?ドレスを見るに、集まっているのは令嬢よね。だったら俳優かしら。でもこの夜会って王太子の婚姻を祝う場ではあるけれど実際、未婚の令嬢の出会いの場でもあるって聞いたわよ?そんな場で俳優に声をかけるような真似するかしら……)


見つけた給仕にグラスを預け、水をもらった私はすぐにその手が止まった。

人だかりの中にいたのは彼女の夫だったからだ。


(あら、まあ……)


殿下の顔色は悪く、表情も硬い。断るに断れない。そんな雰囲気を感じる。表情こそ紳士らしい笑みを浮かべているが張り付けた笑みというのがぴったりだった。

私はつかの間その様子を眺めていたが、そんなことをしている場合ではないと気づく。あれは縁もゆかりもない他人ではない。私の夫なのだ。放置しておくには外聞が悪い。


(それに……)


随分顔色が悪い。私は苦し気な様子を見せる殿下が気にかかった。やはり女性嫌い、というのは本当なのだろうか。


(腹立つ男ではあるけれど‥‥夫なのだし助けるべきよね)


殿下の腕をつかみ胸を押し付ける様子を見せる令嬢を、振りほどく様子すら見せない彼に私は心配になった。

妻の私にさえも異様なほど警戒していた殿下が振り払いもせず黙っているのはなんだかおかしい気がしたのだ。


私はもらったばかりのグラスを従僕に戻すと、そちらに向かった。堂々と令嬢をかきわけて進む私に令嬢から批難の声が上がるが、こちらが優先だ。


「まあ、殿下」


彼らに近づくと、殿下に声をかけた。


「帰っていらっしゃらないと思ったらこんなところにいらしたのね」


私は彼の隣に割りいるようにして近寄った。

殿下に密着に体を押し付けていた令嬢は私よりも背が高かったが構わず私は余裕のある笑みを見せた。

演じるだけなら得意だ。元から、演技スキルを求められる王族の生まれなのだから。


「あら、どなたかしら……。突然ごめんなさい。ごきげんよう、皆様。夜会は楽しんでいて?」


私の言葉に反応したのはやや顔をひきつらせた令嬢だ。

自然な流れで殿下から引き離れた彼女は私ににこりと笑う。


「ごきげんよう、ユースリティ(・・・・・・)様」


しん、と会場が水を打ったように静かになる。

ユースとはルデン語で『金』を意味する。彼女はこういいたいのだろう。金銭のために嫁がされた卑しい王太子妃、と。


私は目を細めると相手を見下すように、ゆっくりと扇で口元を隠す。こういう場合、取り乱していけない。


「まあ、失礼な方!名前を間違えられたのは初めてですわ。驚きましたわ。ええ、本当に。──その品のなさにね」


「なっ……」


「ああ、気になさらないで」


私は安心させるように笑みをうかべた。


「もしかしたら、本当に間違ってしまわれたのかもしれないものね。含む意味なんてありませんでしょう?だって、そうでなければ酷い話だわ。自身の教養のなさをあかすようなものですもの」


腹が立っていたのもあって、つい言い返す言葉はきつくなってしまう。

それに令嬢──公爵家の娘、リンジェラは息を呑む。

彼女は返す言葉が見つからないようで顔を真っ赤に染め、口を開閉させた。


「な───」


異様な緊張感の中、不意に私はそれまでとはうってかわった無邪気な笑みを見せた。


「なんて、ふふふ!冗談ですわ。あなた、ジョークがお上手ですのね。わたくしも見習ってみましたの。どうかしら。──ああ、それとね?私の名前はユーアリティ(・・・・・・)。リンジェラ様、ルデン国は面白い慣習がございますのね。どうか仲良くして?」


(ちょっときつく言い過ぎちゃったかしら。八つ当たりだったわ。悪いことしちゃった)


腹を立てていたのはファルシア殿下になのだから、それを無関係のリンジェラに向けるのは良くない。例え、喧嘩を売られたのだとしても。


「な、なにを……」


「ふふふ。このような面白い歓迎を受けたのは生まれて初めてですわ。ありがとう、楽しめましたわ」




***


のちに、この場面をみたものは口にこそしないがこう思ったという。


〈大輪の薔薇が似合う、恐ろしい魔女のようだ〉と。


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